ペンシルベニア大学ビジネススクール 教授(経営学) マイケル・ユーシーム

長期的視点で必要とされるリーダーとは?

ペンシルベニア大学ビジネススクール 教授(経営学) マイケル・ユーシーム

米東部フィラデルフィアのウォートン校でリーダーシップ論や経営論を教え、同校の「リーダーシップ・チェンジマネジメント(変革管理)センター」の所長も務めるマイケル・ユーシーム教授。人工知能(AI)など、テクノロジーの急速な発達やコロナ禍で企業環境が激変する中、リーダーシップ論の権威であり、2021年6月、新刊『The Edge: How Ten CEOs Learned to Lead--And the Lessons for Us All』(『エッジ――10人のCEOはいかに組織の導き方を学んだか 私たちが学ぶべき教訓』 未邦訳)を上梓する同教授にリーダーシップの在り方などを聞いた(取材執筆は2021年3月)。
(寄稿記事 : ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田美佐子)

―まず、時代とともにリーダーシップの概念や必要な能力がどう変化してきたのか教えてください。

 米国ではこの10年、企業をはじめ、病院や非営利団体、コミュニティーなどでも、トップの在り方が大きく変貌してきました。リーダーシップの遂行から指示の出し方まで、「ビッグボス」(組織を率いる最高位の上司)の役割と権力が様変わりしたのです。威厳のあるトップダウン流のリーダーシップモデルから、より大きな権限を部下に与え、積極的に部下と関わり、親しみやすいトップ像へと変化しています。

 旧リーダーシップモデルの代表は、かつてゼネラル・エレクトリック(GE)を率いたジャック・ウェルチ氏でしょう(注:1981~2001年、会長兼CEOを務め、昨春死去)。彼がGEを率いていた20年前とは、企業幹部のリーダーシップモデルが激変しました。新しいリーダーシップモデルの象徴が、中西部オハイオ州に本社のある米保険大手、プログレッシブ・インシュアランスの社長兼CEO、トリシア・グリフィス氏です(注:16年、同社初の女性CEOに就任)。18年には会社を成功に導いた業績を認められ、米フォーチュン誌から「今年のビジネスパーソン」に選ばれています。

 まず、彼女はエレベーターに乗らず、階段を使います。もちろん、コロナ禍前の話ですが、さまざまな地位の従業員と握手し、言葉を交わすことで、彼らの考えや懸念を共有するためです。また、従業員用のカフェテリアで彼らとテーブルを囲み、昼食を共にすることで、CEO然としていてはわからないことを学ぶことができ、従業員も彼女の考えを知ることができます。

 2つ目の新リーダーシップモデルの特徴は「学び」です。米企業の幹部の中には、「私のリーダーシップはまだ開発途上だ」とし、社会との関わり方を含め、社外から学び続けようとする人が増えています。自著で取り上げた米地銀のCEOは「デジタル時代の銀行経営を学ぶ」ために、3カ月間、業務から離れ、「リーダーシップ学習ツアー」を決行しました。銀行や小売りなど、40社以上を視察し、米アマゾン・ドット・コムの影響を真っ向から受けている小売最大手ウォルマートなどのリーダーシップを学んだのです。

―テック企業が「創造的破壊」をもたらす中、既存企業は生き残りに四苦八苦しています。テクノロジーの発達に伴い、リーダーに求められる能力や資質はどう変わったのでしょう?

 まず、リーダーは、さらなる学びの必要性に迫られています。AIなどのテクノロジーが職場に浸透するペースが速まっているからです。テクノロジーや経営戦略がより速いペースで変わり、市場の不確実性が高まれば高まるほど、経営陣の行動や決定が業績に与える影響も大きくなります。

 過去10年間におけるテクノロジーの発達に加え、この1年に及ぶコロナ禍で不確実性が増す中、リーダーシップを正しく行使する重要性が大幅に高まっています。リーダーは、より迅速に決定を下し、これまでとは違うやり方で組織を率いる方法を学ぶべく邁進しなければなりません。リーダーシップの在り方が変容しているのです。

―良きリーダー像とは、素早く決断できるリーダーでしょうか。

 そうです。従業員や組織にとってプラスになる決定を素早くタイムリーに行う、というファインアート(高度な技術)を駆使できるリーダーです。コロナ禍で、その必要性に拍車がかかっていますが、コロナ禍以前から、デジタル化に伴い、タイムリーな意思決定の優先度が高まっていました。

 例えば、前出の米地銀CEOは顧客がコロナ禍で来店や対面サービスを敬遠するのを見て、オンライン口座開設の所要時間を5分に大幅短縮しました。アマゾンの当日配達など、オンラインサービスのサイクルタイム(処理時間)が非常に短くなっているため、「新世代の銀行業務サービス」への移行というタイムリーな意思決定を下したのです。

ビデオ通話で取材にこたえるユーシーム教授

―仮に意思決定は迅速でも、アイデアが凡庸なリーダーはどうでしょう? それでも、決断が速いリーダーのほうが有能と言えるのでしょうか。

 リーダーには2つのものが求められます。「タイムリーに英断を下す」能力です。まず、できるだけ迅速に意思決定を行えることです。一方、不確実性が高まり、英断が難しくなる中、その不確実性やリスクを把握できる能力も求められます。デュー・デリジェンス(適正な評価)やデータ、そして、そのデータを基にAIを駆使して英断を下せるリーダーが必要です。

―米国ではテック企業を中心に、コロナ収束後もリモートワークが普及し、デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速しそうです。企業が生き残るために、長期的視点から必要とされるリーダーの資質とは何でしょう?

 最も頻繁に尋ねられる質問です。デジタル化の加速で作業慣行や人事の規則、製品開発などが大きく変わり、他社による「創造的破壊」もかつてないほど激化する中、今後、重要性が増すリーダーの資質は、「戦略的思考」「説得力のあるコミュニケーション能力」「断固たる姿勢で行動すること」の3つでしょう。

 まず、5年後を見据え、業界がどう変わっていくかを見通す戦略的思考にたけていること。次に、卓越したコミュニケーション能力です。今後、企業は世間やロビー団体、政治家、顧客、競合他社から、ますます厳しく監視・精査されるようになるため、CEOや幹部は、あらゆるステークホルダー(利害関係者)が納得するような説得力のある方法で戦略を語ることにたけていなければなりません。そして、3つ目が断固たる意思決定者であることです。より迅速な決定が求められる中、リーダーには、断固たる姿勢で行動することが求められます。

―テックの発達で企業環境が激変する中、昔も今も変わることなく、リーダーに求められる資質とは何ですか。

 何十年たとうが、リーダーシップの基準には変わらないものが幾つかあります。1つ目が人格・人柄の重要性です。これは不変であり、極めて大切な資質です。人々は、高潔・誠実で信頼の置ける人格者であることをリーダーに求めます。次に、従業員の働きに感謝する姿勢。素晴らしい仕事をした人々に感謝や敬意の念を示すコミュニケーション能力です。3つ目が、自社の目的のために揺るぎない貢献をすること。自分の利益や一部投資家のために働くのではなく、自社の目的達成に向けて最大限の力を尽くすことが求められます。この3つは決して変わらないリーダーシップの基準です。

―あなたの共著書『Go Long: Why Long-Term Thinking Is Your Best Short-Term Strategy』(『ロング戦略で行け――なぜ長期的思考はベストな短期的戦略なのか』未邦訳、2018年)では、長期的思考の大切さが説かれています。

 長期的思考と短期的戦略という異なるものを一つにするのが効果的です。5~10年後にどうなっていたいかを明確に思い描き、「そのためには今、どうすべきか」を探り、3カ月から半年の短期的戦略を立てるのがベストです。例えば、新テクノロジーの導入や新たな製造法への投資など、将来を見据えた行動を迅速に起こすことが大切です。日本企業は、この点で極めて優れており、3~5年にとどまらず、10~15年という長期的スパンで戦略を立てる企業もあります。

―リモートワークが普及する中、従業員が物理的に同じ場所で働くとき、最大の生産性が上がると指摘する米経済学者もいます。日本ではリモートワークが遅れていますが、離れていると部下の管理や指導が難しい、と言う上司もいます。「新常態」下で求められるリーダーシップスキルとは何でしょう?

 リモートワークでも高い生産性を上げられるのは間違いありません。リモートワークの一部は元に戻るかもしれませんが、ホワイトカラーの仕事やオンライン診療、リモート学習などは、コロナ禍前の状況にそっくりそのまま戻ることはないでしょう。コストも削減でき、効果的だからです。ただ、各所に散らばり、対面で会わないチームのメンバーを結束させるための新しいリーダーシップスキルが必要になります。

 「The devil is in the details.」(「悪魔は細部に潜む」)という英語の表現があります。細部が重要・肝心という意味です。離れている分、リーダーは細かい部分にも注意を払わなければなりません。チームが独創性や創造性を発揮できるようにしながら、細部に目配りするスキルが必要です。

 かつて日本の自動車業界は、日本から遠く離れたグローバルなサプライチェーンや販売システムの構築方法を学びました。その原理の幾つかはリモートワークにも応用できるかもしれません。従業員は同じ場所で働かなければならないという考えは、デジタルテクノロジーの出現で、ホワイトカラーにも、もはや当てはまらないことがわかったのですから。

マイケル・ユーシーム プロフィール

米アイビーリーグの1つ、ペンシルベニア大学のウォートン校・ビジネススクール教授。同校の「リーダーシップ・チェンジマネジメント(変革管理)センター」の所長も兼務。MBA・エグゼクティブMBAコースで経営論とリーダーシップ論を教える。著書に『The Leader's Checklist, Expanded Edition: 15 Mission-Critical Principles』(『リーダーのチェックリスト――15の必要不可欠な原則』未邦訳)など。今年6月、新刊『The Edge: How Ten CEOs Learned to Lead--And the Lessons for Us All』が刊行予定。

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