株式会社きちり 代表取締役社長 平川 昌紀

人員整理なしのリストラを断行せよ

株式会社きちり 代表取締役社長 平川 昌紀

2017年10月、成長企業の経営者約200名が一堂に会する経営者イベント西日本ベンチャー100カンファレンス 2017が開催されました。

危機を成長のバネにした大逆転ストーリーをベンチャー起業家3名に聞くシリーズ。第2回はきちり代表の平川さんです。「リストラ」といえば陰惨な首切りを連想しがちですが、リーマン・ショック直後の外食不況に見舞われた平川さんは、人員整理を一切しないリストラを断行。危機を打開しただけではなく、新しい経営の軸をつくることに成功したそうです。一体、なにがあったのでしょうか。起業から今日までの足跡と想いを聞きました。

※本記事は INOUZ Timesから転載しており、記事は取材時のものです。

『ユダヤの商法』

――なぜ、外食ビジネスを創業事業に選んだのか、その理由を教えてください。

日本マクドナルドの創業者、藤田さんがお書きになった本『ユダヤの商法』との出合いが大きかったですね。その本のなかの次のような一節がすごく刺さりました。それは「ユダヤの商法に商品はふたつしかない。それは女と口である」。こんな言葉だったと記憶しています。

刺激的な言葉ですね。私はこれを「女性こそ新しいマーケットを創るトレンドメーカーである」と解釈しました。トレンドメーカーは新しいビジネスを生み出す存在。ですから、ビジネスをするなら女性をターゲットにしなければならない。そう感じました。

そして“口”。これは口に入るもの、つまり飲食業ということですね。なぜユダヤの商法では飲食業を絶対的なビジネスと位置づけているのか。口から入った食べものや飲みものは消化して、なくなっちゃいますよね。そして、またお腹がすいたりのどが渇けば、食べたり飲んだりする。つまり、飲食業はニーズが永続するビジネスだ、ということです。だから、ユダヤの商法では飲食業を絶対的なビジネスとして位置づけているんです。

さて、このふたつをつなげるとどうなるでしょうか。「トレンドメーカーである女性をターゲットにした飲食業」ということなりますよね。『ユダヤの商法』を読んだのは学生時代。この本と出合ったことで、起業をするなら女性をターゲットにした飲食業だと思いました。

根も葉もない言い方をすると、飲食業で起業するのがいちばんイージー(笑)。といっても、誤解しないでほしいのですが、参入障壁が低く、生業としてスタートできる飲食と比較すると、ほかの立ち上げが難しい業界のビジネスは選びにくいんですよ。それでも、そのビジネスで豊富な経験やリソースをもっていたり、あるいは素晴らしい能力があれば、金脈を掘りあてられるかもしれません。でも、なかなかそう上手くいく確率は相当低いですよね。

もちろん、飲食業にも激しい競争があります。隣にライバル店ができれば、もう殴り合いのケンカ(笑)。それに、飲食業を企業化するのは非常に難しい。でも、起業するにあたって、まずは立ち上げを最優先しよう。そう考えました。

学生のときから「起業するぞ」と心に決めていましたが、まずは営業スキルを身につけようと思い、学校を卒業するとフルコミッションの会員制リゾートの会社に入り、修業しました。入社1年目でトップセールスになりました。ひと月3億円くらい売りましたね。次に、ここで貯めた軍資金を元手にして、モスバーガー(株式会社モスフードサービス)にFC加盟しました。

ハンバーガーでなくてもよかったのかもしれませんけど、やっぱり藤田さんの影響があったんだと思います。いろいろ調べて藤田さんの“マクド”ではなく、ライバルの“モス”にしたのは、ちょっと皮肉な話ですけど(笑)。

“ヤジ”はモチベーション

――“きちり”は2007年に上場を果たしますが、なぜ上場しようと思ったのか。その理由を聞かせてください。

上場会社という基盤をもちたかったからです。

飲食ビジネスそのものには永続的なニーズはあるんですが、企業として永続できるかどうかは別問題。先ほどもお話したように飲食業は立ち上げがしやすいビジネスのひとつなんだけど、企業として継続するのは難しい。店舗が増えれば、その分、ダメになったお店もあるんです。繁盛店の影では閉店を余儀なくされたお店が死屍累々としてある世界なんです。そうした構造のなかで企業として永続するため、上場企業という基盤をつくりたかったんです。

私が思う基盤とは、まずは信頼。上場すれば、いろんな企業などから興味をもってもらえます。だからアライアンスも組みやすい。当社は2015年に大手商社とジョイントベンチャーを組んだり、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)とスタートアップのベンチャー企業に投資などしていますが、多分、上場していたからこそ、実現したアライアンスだと思います。

次にリソース。いま、当社では毎年100名規模で新卒採用しています。飲食業のなかで新卒がこれほどの集まる会社はきわめて少数でしょう。それも上場企業であるという要因が大きいと思います。

上場はいいことだらけ、というワケではありません。たとえば、上場企業にはつきものの“ヤジ”。上場企業になるとネット掲示板などで「アホ社長」「辞めてしまえ」とか、さんざん叩かれます。株主総会でも「経営のやり方が悪い」「この問題について、いったい、社長はどう思っているんだ」など、手厳しい声を株主のみなさまから頂戴します。でも、こうした厳しい声は私にとってのモチベーションです。

ヤジが飛ぶのはプロフェッショナルだからこそ。草野球ではヤジは飛ばないですよね。株主のみなさまは“きちり”のことを真剣に思っていてくれているからこそ、プロ野球ファンやプロサッカーのサポーターのように、厳しい意見や質問を投げかけてくれるんです。プロならその声に応え、結果を出す責任がある。だから自分のモチベーションになるんです。

一方で「上場する必要ってあるの?」という考えをもっている人はいますし、「いまの時代、上場しなくても資金調達は簡単にできる」という意見もあります。そのとおりかもしれません。しかし「上場企業である」という基盤をもつためには上場するほかないんです。さまざまな有形無形のコストはあるけれど、上場してよかった、コストに見合っていると私は思っています。

きちり代表の平川さん

きちり代表の平川さん

「外食企業じゃない、ベンチャー企業だ」

――これまでピンチはなかったんですか。

上場した翌年の2008年に起きたリーマン・ショックの影響で大変な危機に見舞われました。多店舗展開の影響で収益性が低かったところにリーマン・ショックによる外食不況が直撃し、当時の売上に見合わないくらいの赤字に転落しました。その時は寝れなかったですね。

危機を打開するためには、リストラを断行して会社を筋肉質にするしかないと思いました。といっても人のリストラ、人員整理は一切していません。リストラ、つまりリストラクチャリングとは、本来「事業構造の再構築」という意味。私が断行したのは、まさにそれでした。会社の事業構造を見直した結果、われわれのプラットフォームを他社の外食チェーンや他社ブランドに提供する「プラットフォームシェアリング事業」という新しいビジネスモデルを構築したんです。

プラットフォームシェアリング事業とはなにか。“きちり”のプラットフォームを使って他社の外食チェーンと共同購買したり、本部機能を提供したりするビジネスです。わかりやすい事例でいうと「EATALY」。経営主体は他社さんなのですが、当社がプロデュースし、お店づくりを行い、展開しました。これがプラットフォームシェアリング事業の具体的な姿。いま、経営の新しい軸となっています。

リーマン・ショックがなければ「プラットフォームをシェアする」という発想はできなかったかもしれません。ですから、ピンチがチャンスに変わるというのは本当にあるんだな、と思います。

自分で言うのもなんですけど、私はすごく運がいい。そう思っていました。「こんなことができちゃうの?」と自分自身で思うようなことが、なんかこう、突然できる。そんな経験が少なからずあったからです。しかし、尊敬しているある経営者から「平川君、それちゃうで」と指摘されました。「勝手な思い込みや」と。

その経営者は「ギリギリの勝負をしているから失敗しても『しょうがない』、うまくいったら『ラッキー』と思うんや。だから成功したら『自分は運がいい』と思い込んで、また新たなギリギリのチャレンジができるんや」とおっしゃいました。なるほどな、と思いましたね。

“きちり”はこれからも、そんな大きなチャレンジをしていきます。ですから、私は社内に向けて「うちは外食企業じゃない、ベンチャー企業だ」と言い続けているんです。

平川 昌紀(ひらかわ まさのり)プロフィール

1969年、大阪府生まれ。1993年に甲南大学を卒業し、1998年に有限会社吉利(2000年に株式会社きちりに社名変更)を設立。2007年に大証「ヘラクレス」市場上場、2010年に大証JASDAQ(現・東証JASDAQ(グロース))に上場、2013年に東証2部に上場。2014年5月に東証1部へ指定替え。

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