これまで実施したM&Aの成功確率は100%
―今年9月から、ホールディングス体制に移行するそうですね。ねらいを教えてください。
成長のスピードをより速めることです。事業継承会社となるダイヤモンドダイニングは出店戦略の推進と店舗運営に専念。その上に立つ持ち株会社、DDホールディングスはM&A戦略の推進をおもに担当します。当社はもともと、自前の出店戦略とM&A戦略を車の両輪として拡大してきました。今後もそれは変わりませんが、よりいっそうM&Aに注力できる体制にした。自前の出店による場合に比べ、M&Aはスピーディーに拡大できるメリットがあるからです。
―なるほど。❝時間を買っている❞わけですね。しかし、M&Aを実施したものの「グループとしてのシナジーをうまく発揮できなかった」といった理由で、失敗に終わる例も多いです。
当社の場合、過去に実施したM&Aの成功確率は100%です。失敗して手放した会社はありませんし、業績が下がった例もありません。たとえば今年6月に連結子会社化を完了したゼットン。名古屋を本拠に、ハワイアンレストランをはじめ約60店を展開しています。2017年2月期は経常赤字だったのが、今期の業績は回復基調に転じています。
同社の創業者である稲本さんには、よい店舗用地を確保する才能があるんです。だからよい立地のおかげで集客できる。個店として強い反面、組織力の強化には少し課題がありました。そこに当社のノウハウを導入することで、組織力を活かした利益体質の会社になりつつあります。
「多忙で予約電話をとれない」コールセンターで問題を解消
―どんなノウハウを導入したのですか。
たとえば予約電話を受け付けるコールセンターを導入しました。ゼットンに限らず、飲食業界では「予約しようと思って店に電話をかけたが、つながらなかった」という問題がひんぱんに起きています。夜に営業する店では、ユーザーが予約電話をかけてくる昼の時間帯にはスタッフが不在のところが多い。スタッフが出勤している時間帯にかかってきても、準備や接客に大わらわで電話をとれない。さらに、たとえば夏季のビアガーデンといった盛況の時期は、電話が集中してしまう。結局、全体として、かかってくる電話の3分の2はとっていないんです。これは大変な機会損失です。
そこで当社では2012年から予約電話を受け付けるコールセンターを開設しています。これをゼットンの店にも導入することで、機会損失を大きく減らし、集客力を向上させています。ほかにも、航空会社のマイレージのように、当社の店舗を予約するごとに利用人数に応じて“マイル"が貯まり、それによって割引サービスが受けられる「DDマイル」をゼットンの店舗にも導入。顧客の囲い込みをはかる施策を講じています。
―飲食業界でコールセンターをもうけるのはめずらしいと思います。なぜ他社はやらないのでしょう。
「予約を自社のほかの店舗にふりわける」ことができないので、効率が悪いからです。当社の場合、多種多様な業態の店舗を展開しています。「カフェと和食居酒屋と洋食レストランが同じエリアにある」という例もざらです。
だから、「おたくの土佐料理店で宴会をしたい」という電話があって、その店があいにく満席だったとき、「同じエリアの居酒屋はいかがでしょう?」とオペレーターがすすめられる。単一業態の店を展開している会社では、ひとつのエリアには1店舗しかない場合もある。だからこうしたことはできないのです。
―コールセンター導入で電話対応の業務がなくなっても、店舗スタッフの忙しさが劇的に減るわけではないと思います。国が旗を振る「働き方改革」の一環で、飲食業界の長時間労働が問題視されていることについて、松村さんはどんな手を打っていますか。
マネジメントする側がスタッフに「もう帰りなさい」と指示する。それをやり切るだけです。そのために私を含め経営陣が取り組んでいるのは、「長い時間働くことは悪いことだ」という企業文化をつくること。たとえば私は全社員の前でのスピーチや、個々の社員に声をかけるときに、意識して「話題のあの映画見た?」とか「流行のあの店行ってみた?」と問いかけています。
当社の場合、個性的な業態の店で、お客さまの想像を超える独創的なサービスを提供することで喜んでもらうことがミッション。そのために社員には、「日常的に映画や本といったエンターテインメントに触れたりして、自分の視野をひろげてほしい」といっています。そうすることで新たなサービスのアイデアが生まれるからです。業務の話よりそっちをうるさくいわれるので、社員は「しょうがない。早く帰って、社長がいっていたあの映画を見に行くか」と。そうやって意識づけしているわけです。
既存店で黒字を出す飲食2社「社員を大切にする」が共通項
―効果は出ていますか。
ええ。先日、私が社員の前でスピーチをしたときのこと。私の話に補足をしてもらいたくて、「向山さん話して」と幹部のひとりを呼んだら、「彼女は休みです」と。「そうか、じゃあ代わりに重田さんお願い」と別のスタッフに振ろうとしたら、「今日は遅番です」。「いつから遅番なんてあったの? ウチってずいぶんホワイト企業だなあ」と(笑)。
いま、重飲食の上場企業で、既存店で利益を継続的に出せているのは当社と鳥貴族さんぐらい。単一業態のチェーン店で低価格メニューと、当社と対極的なやり方をしている鳥貴族さんですが、共通点はあります。それはなにごともブレないことと、社員を大切にしていること。飲食店のなかには社員のサービス残業ぶんが会社の利益になっているところがありますが、それでは長続きしません。
―飲食業界は離職率が高く、慢性的に人手不足。「それをカバーするのに長時間労働はやむを得ない」という経営者もいます。
いいえ、飲食業で離職率を下げることは可能です。具体例をいえば、当社の子会社で、九州料理の居酒屋など約100店舗を展開するゴールデンマジック。昨年度は18名の新卒を採用しました。2年目の6月を過ぎて、いまだに退職者はゼロ。それぐらい定着率が高いのです。
ゴールデンマジック代表の山本君は39歳。アルバイトから登用され、社長になった男です。当社では、スタッフに大きな裁量を与えています。店長になると「自分の店をもっている」という意識がもてるくらい、自由に店を切り盛りできる。山本君のように子会社社長になると、出店戦略の立案からまかせます。ヒトを喜ばせる方法に、たったひとつの正解なんてないからです。ヒトが喜んでくれたのなら、それは正解なのであって、いく通りもある。だから私のやり方を押しつけたりしません。
ゴールデンマジックが100店舗を展開するまでにいたった戦略はすべて山本君が考え、実行したものです。そうした人材がトップに立っているから、新卒で入社した人材は「自分もあんなふうに大きな仕事にチャレンジできるんだな」と。だから、辞めないんです。
お客さまを喜ばせて世の中に爪あとを残す
―各店舗、各子会社に大きな裁量権を与えると、グループとしてのまとまりがなくなってしまう心配はありませんか。
まったく心配ないです。裁量権をもたせるにあたり、社員には会社に3つのことを約束してもらいます。「お客さまを喜ばせる」「コンセプトを外さない」「適正な利益を出す」。その約束を果たすためになにをすればいいかは、自分で考えるのです。この3つの約束のうち、とくに「お客さまを喜ばせる」というのがメンバー全員が意識する大テーマ。それが求心力になっています。
9月に立ち上げる持ち株会社の社名のなかの「DD」は、ダイヤモンドダイニングの略称であると同時に「Dynamic&Dramatic」という新スローガンにもとづいています。ヒトは「大胆なもの」「劇的なもの」に喜びます。そうしてお客さまを喜ばせた結果として、グループの年間売上高を1000億円にまでもっていけば、世の中に爪あとを残す、存在感のある企業になれるでしょう。
―「働き方改革」を自社にどう適用すればいいか悩んでいる経営者にアドバイスをください。
社員の長時間労働を解消することは、会社の利益をそこなうどころか、業績アップになります。だから前向きに取り組んでほしい。私は不治とされる難病にかかっていて、身体が思うように動かない。それでも1000億円グループという夢に向かって、自分自身と社員を鼓舞し続けている。その姿を見て、社員たちは一致団結して目標に向かって働いてくれる。経営者が熱狂的に働けば、いや、熱狂的に生きれば、社員は情熱をもって働いてくれます。残業なんかしなくても、高い成果を出してくれますよ。