―不況の影響で外食マーケットが縮小を続ける中、御社の外食事業は順調です。
実はワタミにとって、不況は一種の追い風でもあります。なぜかと言うと、不況になると、お客様は居酒屋 を厳しく選別するようになる。そうなると、ワタミは強いんです。ワタミでは食材の安心・安全にこだわっています。野菜料理には、自社農場「ワタミファーム」で採れた有機野菜のみを使っている。
すると、今までなら「居酒屋ならどこでもいい」と思っていたお客様が「せっかく大事なお金を使うなら、有機野菜を使っているワタミに行こう」とワタミを選んでくださる。さらにお客様は味や接客の違いまで、しっかり見極めてくれます。ですから、外食マーケットが縮小しても、ワタミはシェアを拡大できるんです。おかげさまで、不況で低迷していた外食事業の業績も今年3月に底を打ちました。
―この不況を乗り切るため、現場ではどんな工夫をしていますか。
最近では"串のない焼き鳥"をメニュー開発しました。一般的に「焼き鳥は串に刺してあるもの」という固定概念があると思います。しかし、ワタミの現場社員からこんな提案があったんです。「お客様の大半は焼き鳥の串を抜いて、箸で召し上がっています。
ならば、そもそも焼き鳥を串に刺さずにお出ししたらどうでしょう。そしてお出しする際は、冷たいお皿ではなく、熱い鉄板に乗せましょう。そうすれば焼き鳥が冷めにくくなり、お客様にアツアツのまま召し上がって頂けます」と。
たしかにお客様の視点に立って考えると、この提案は理にかなっている。そこで、すぐに採用し、今年2月から❝串のない焼き鳥❞を提供し始めたわけです。お客様からの評判は良いですね。「食べやすくなったし、アツアツでおいしい」というお声を頂いています。
また、この❝串のない焼き鳥❞によって大幅なコスト削減もできました。串を刺す人件費と串の材料費を削減でき、原価が半分に減ったんです。この"串のない焼き鳥"が生まれたのは、現場社員がお客様の視点に常に立ち、ゼロベースで新しい発想をしたから。不況を乗り切る工夫というのは、現場社員がお客様の視点に立つことで生まれるんです。
―御社の介護事業も好調ですね。2009年3月期の売上高は145億円、経常利益は15億円。2004年の新規参入からわずか5年で高収益事業へと育て上げました。その秘訣は何ですか。
ワタミの企業姿勢がお客様に届いた結果だと思います。その姿勢とは「もっとお客様に喜んで頂こう」というもの。決して「もっと利益を伸ばそう」ではない。多くのお年寄りの方から❝ありがとう❞をもらいたい。その一心で、ワタミではお客様の視点に立ち、ゼロベースで新しい発想を実現してきました。その代表例が「4大ゼロ運動」です。この運動を推進した結果、多くのお年寄りの方から❝ありがとう❞をもらうことができ、結果として好業績につながったんです。
「4大ゼロ運動」とは何か
―「4大ゼロ運動」とは何ですか?
①オムツ、②機械による特殊入浴、③経管食(チューブによる栄養摂取)、④車イス、この4つをゼロにする運動です。これまで、この4つを減らそうとする介護事業者はありませんでした。なぜかと言うと、この4つを減らすほど、介護事業者はコストがかかり、損をしてしまうからです。
介護保険制度では、介護事業者がお年寄りの方に食事や入浴をさせると、国から報酬がもらえます。そして、お年寄りの方を機械でお風呂に入れても、人手をかけてお風呂に入れても報酬は同じなんです。つまり、介護事業者は機械での特殊入浴のほうが手間はかからないので利益率は上がります。だから、ほとんどの介護事業者は機械による特殊入浴をしていました。つまり、介護サービスの❝効率性❞を優先し、❝質❞をおざなりにしていたんです。
しかし、ワタミではこう考えました。「自分の両親を安心して預けられるような理想の介護サービスを実現したい。お年寄りの方に、人間らしく楽しく暮らしてほしい」。そこで、ワタミでは「4大ゼロ運動」に取り組むことを決断したんです。業界関係者の中には「そんなことをしたら絶対に儲からないよ」と忠告してくる人もいました。でも、私には信念があった。それは「お客様に❝ありがとう❞と言ってもらえれば、後から収益はついてくる」という信念。ワタミは「お客様のためになるが儲からないこと」をあえて追求しました。
しばらくすると、多くのお年寄りがワタミの取り組みを喜び、応援してくれるようになりました。次第にワタミの介護は、多くのお年寄りの方から「介護サービスの質が高くて、安心」と信頼される"ブランド"に育っていったわけです。ありがたいことに、現在では入居待ちの方が400~500人もいらっしゃいます。現在は急ピッチで新しい介護施設の開発も進めているところです。
現在、ワタミの介護施設の入居率は約95%に達しています。損益分岐点である入居率70%を越えて、安定した収益基盤を確立できました。「お客様のためになるが儲からないこと」を追求した結果、大きな収益を得られたんです。
―なるほど。ワタミの介護事業は、そもそも別会社を買収してスタートしたそうですが、「4大ゼロ運動」を推進するうえで社内からの反対はなかったんですか。
最初はワタミの理念に馴染んでいない社員が大勢いて、軌道に乗るまでに半年以上の時間を要しましたね。社内から「4大ゼロ運動」が始まると猛反発がありました。「仕事ばかり増えて、私たちの幸せはどうなるんだ?今までのやり方で何が悪いの」と。
私は、そういう不満を持つ社員に対してワタミの理念を粘り強く伝え続けました。「ワタミは地球上で一番たくさんの❝ありがとう❞を集めるグループを目指しています。そのために私は介護業界の古いやり方を根本から変えたいんです」と。そんな風に社員に向かって話し続けました。すると、社員の中に徐々に変化が起こり、ワタミの理念を理解してくれる社員も現れるようになりました。しかし一方で、残念ながら理念を共有できない社員も一部いました。その社員は、結果としてワタミから去っていった。お互いにとって、これは悲しくもつらい決断でした。そして、残った社員が「4大ゼロ運動」を懸命に実行してくれました。その結果、入居率は急速に高まっていきました。
どんな方法で理念を共有のか
―やはり理念の共有が大事なんですね。ワタミでは、どんな方法で理念を共有しているんですか。
様々な方法を使っています。社長の仕事は、社員と理念を共有することに尽きると思います。私の仕事の半分は、社員と理念を共有するために使っています。まず4000名以上いる全社員に対して3ヶ月に1回、理念研修会を行っています。研修会では、社員たちと「ワタミの理念をどうやって実行に移すか」についてとことん話し合っています。この理念研修会は非常に大事で、理念研修会なくして、ワタミは機能しません。
また、いつでも社員が理念を思い起こせるように「理念集」という小冊子を全社員に配布しています。他にも、月に一度、全社員に向けてビデオレターと手紙も送っています。そして、現在のワタミがあるのは、社員の家族の支えがあってこそです。ですから、社員の家族に❝ありがとう❞という感謝の想いを伝えるため、ご家族にプレゼントも贈っています。たとえば父の日には社員のお父様にラベンダーを、母の日には社員のお母様にカーネーションを贈っています。
―社員が4000名もいると、理念を共有するのは難しくありませんか?社員数が少ない頃は、社員と1対1で話し、理念を直接伝えられたと思いますが。
たしかに社員数100名までは、私が全社員と直接話をして、理念を共有していました。しかし、今の規模では私が全社員と直接話すことは物理的に難しい。
だから、今では私に代わって主に幹部社員が現場社員に理念を伝えてくれています。また、先ほどお話しした理念研修会や理念集など様々な手法を駆使して、社員数が増えても、社員数100名の頃と同じく、全社員と理念を共有できるように心がけています。
また、私が社員と理念を共有するのは、売上を向上させるためではありません。会社の存在意義や価値観を社員と共有するためです。いったいワタミは何のために存在するのか。ワタミで働く社員はどんな価値観で仕事をするべきなのか。これは私自身が心の底から社員と共有したいと思うことです。
だから私自身、理念の共有が大変だと思うこともないし、苦になることもありません。私は25年間に渡って社員と理念を共有し続けられました。きっと売上向上を目的にしていたら、こんなに長くは続けられなかったでしょう。
―多くの企業では、立派な理念があっても、額に飾られたままになっています。どうすれば理念をただの❝建前❞でなく、実効性のある❝行動基準❞にできるのでしょうか。
まず経営者自身が「覚悟」することです。理念と自分の行動を100%一致させる。その覚悟が必要。特に中小企業では、経営者の姿が社員からよく見えます。どんなに経営者が立派な理念を掲げていても、そこに嘘が見えれば、社員は理念を共有してくれません。たとえば「社員の幸せ」を理念に掲げておきながら、経営者が会社の経費で飲み歩く。公私混同の経費請求をする。そんなことをしていたら、社員は誰もついてきません。立派な理念も、それでは絵に描いたモチになってしまう。
経営者は24時間365日、理念通りに生きなければいけません。経営者は自らの価値観を厳しく問われる存在なんです。どんな価値観で会社を起業したのか。どれだけ深い覚悟を持って会社を経営しているのか。社員と理念を共有したいなら、経営者は、まず自らの覚悟を問い直すべきでしょう。
―最後に、全国の経営者へアドバイスをお願いします。この不況下、経営者はどんな心構えで経営にあたるべきでしょうか。
2つあります。1つ目は、自社の業績不振を❝不況のせい❞にしないこと。現在のような厳しい経営環境では、つい「不況だからウチの会社の業績も悪くて仕方がない」と言い訳をしてしまいがちです。しかし、イチ企業の努力で景気はどうしようもありません。経営者は現在の不況を前提として受け入れ、知恵を絞って自ら活路を見出すべきです。
2つ目は、ゼロベースでビジネスを組み立てること。いま企業を取り巻く環境は激変しています。それにも関わらず、10年前と同じ商品・販売方法のままでは成功するはずがありません。経営者の仕事は❝変化対応業❞です。環境の変化に対応して、ゼロベースでビジネスを組み立てる。これが企業の生き残るカギです。厳しい時期だとは思いますが、現在の不況を素直に受け入れ、ゼロベースの発想でビジネスをお客様の視点で変化させる。これを徹底すれば、経営者は不況を恐れることなどありません。