経営スタイルを変えたい
―グループ統合後、初めての通期決算となる2019年8月期が終わりました。足元の経営状況を聞かせてください。
持ち株管理会社の傘下に入った18の事業会社にそれぞれ経営責任を委譲していますが、その体制が非常にうまく機能しています。概ねすべての会社が増収増益を記録し、計画通りに安定成長軌道に入っています。
―2017年のグループ統合、昨年の本社移転およびグループ各社の集約と、立て続けに戦略転換を打ち出しています。その背景はなんですか。
いくつかの要因があります。1つは、今回統合した動画配信サービスのU-NEXTが大きく成長し、安定的な黒字成長が見込める状態になったこと。もともと2010年にUSENからU-NEXTを分離したのは、先行投資フェーズにあったU-NEXTの存在が、負債を抱えたUSENの重荷になったためです。両社の経営が健全化した今、分離する理由がなくなったといえます。また、「第四次産業革命」とも言われる新たな時代の成長戦略を描くうえで、USENの顧客基盤と、U-NEXTのコンテンツ配信事業という両者の経営資源の融合は重要な柱になると考えました。 そこにくわえて、当時私自身が社長業を始めて30年を迎えることで、「自分の経営スタイルを変えたい」という想いが生まれていたことも要因の1つとしてありました。
―「経営スタイルを変えたい」とは、具体的にどのような想いだったのでしょう。
個人の存在に頼らない、真にサステイナビリティのある組織をつくらなければいけないと考えたのです。これまでは、自分で事業をつくり、自分で事業を引っ張るのが、私の経営スタイルでした。しかし、私も56歳になり、そのスタイルを見直さなければと。ベンチャー企業のなかには、いつまでもカリスマ経営者に依存し続けている会社は多いですよね。当社も、ベンチャー精神は変わらずもち続けるものの、それを経営者個人が体現するのではなく、組織文化のなかに宿る企業にしたかったのです。
「働き方改革」ではなく、「働く理由改革」をしたい
―新体制が動き出したなかで、人事・採用領域で進めている「働き方改革」が注目されていますね。
そのような表現をされていますが、なにも「働き方改革」をしたいわけではなくて、あえて言えば「働く理由改革」をしたいのです。事業に携わる社員たちが、どのようなモチベーションで仕事をするのか。「給料をもらうから働く」「会社や上司に命令されるから働く」。そんな理由で働いていてはいけないと皆わかっており、言葉では「仕事のやりがい」と理想を語りながら、現実は上司の顔色をうかがって働いている人も多い。そこを本気で理想論に近づけることはできないかと。無謀なチャレンジと思われるかもしれませんが、さまざまな改革はすべてそのために行っているのです。
―社員の働く理由が改革されることで、どのような変化を期待しているのですか。
企業もそこで働く社員も、本来は社会から必要とされるからこそ、存在しえるわけです。ならば、社員の働く理由は、「社会に必要とされることをしたいから」という答えに行き着かなければおかしい。この想いが根づけば、自分はどんな仕事をするべきか、顧客や社会に対してどうあるべきか、一人ひとりが考えるようになるでしょう。 当社では今、「必要とされる次へ。」というスローガンを掲げていますが、社員それぞれがこの理念のもと、顧客や社会のニーズに真摯に向き合えば、そこから生まれる事業は自然と伸びていく。結果、真にサステイナビリティのある組織になれるはずなんです。
競争環境を勝ち抜く、2つの方法論
―事業を取り巻く競争環境は厳しいです。どのように成長戦略を描いていきますか。
厳しい競争環境で勝ち抜くには2つの方法論があるというのが、私の持論です。1つは、大きなリスクを負ってでも時流の波に真正面から挑み、市場を取りに行く方法。当社の場合、映像配信サービスがまさにそうでした。 一方で、波が来ることは分かっていても、それを乗り切る自信がない場合は、その波に斜め後ろからついていく方法もあります。たとえば当社では、電子決済の本格化に対し、決済サービス自体を開発するのではなく、決済サービス導入企業を支援するためのIoTプラットフォームを提供するカタチでこの波に乗ろうとしています。「Pay戦争」とは距離を置こうと。 いずれの方法論を取るべきか、それを見極めるのが経営の勘所です。そのうえで、先を見て走る時と、自制して後退すべき時を見極めることも、経営者にとって重要な資質といえるでしょう。
―宇野さんにとって、その資質が試された場面はいつでしたか。
やはりU-NEXTを分離した時です。将来性を確信していた事業だっただけに苦渋の決断でしたが、社員たちに説きました。「せっかく8合目まで登ってきたが、嵐が来たので撤退する決断をしよう」と。社内には反対もありました。社外からも「嵐はいつか去るから」と、「銀行とケンカしてでも事業を守るべき」とのアドバイスも多かったです。しかしそうすれば、傷はさらに深くなっていたかもしれない。今はあの決断は正しかったと思っています。
―そのU-NEXTは、いまや東証一部上場を果たしています。
ええ。決して楽な道のりではなく、そこは組織の力量がもっとも試された局面でもありました。。撤退の決断はもちろん悔しいのですが、酸素の薄い8合目から濃い5合目へと下るのと同じで、戦いから一時的に解放される社員にとっては楽でもあるんですよ。そこを再び登ろうと号令すれば、「また登るんですか」という気持ちになる。現状に慣れてしまえば、変化を恐れ、そこから動けなくなる。多くの企業が、同じような経験をしているはずです。そこを再び登れる企業だけが成長できるのでしょうね。
世の中の変化を、前向きにとらえられるかどうか
―ベンチャー業界で成長を志す若者に、メッセージをお願いします。
ワクワクした未来を想像してほしいです。明るい未来を想像できれば、自分はその未来に対してどのように関わろうかと前向きに考えられるはずです。私は大学生の時に、「いずれレンタルビデオ店に行かなくても、家で映画が見られる時代が来る」と予測していました。友人たちは笑って聞いていましたが、今は映像配信サービスがそれを実現してくれています。今のようにスマホでなんでもできるなんて、当時はまるでドラえもんの世界の話でした。しかし、それも実現している。かつての想像の世界が、一つひとつ着実に実現しているのです。テクノロジーの進化で、これからも世の中は必ず変わります。その変化を前向きにとらえられるかどうかで、人生の選択は大きく変わるはずです。