―現在、「100年に1度の不況」だと言われています。澤田さんは現在の不況をどう捉えていますか。
景気は振り子のようなものです。慣性が働き、バランスをとるように動く。2004年頃から好景気の方向に大きく振れた分、いま逆の方向に大きく振れているわけです。
そして、また振り子は逆の方向に振れる。ですから、今回の不況も近い将来に抜け出せるでしょう。
―澤田さんは1980年にH.I.S.(当時、インターナショナルツアーズ)を創業して以来、これまでに経営者として数々の不況を乗り越えてきたと思います。不況期における澤田流の経営論を聞かせてください。
まず、不況はチャンスだということ。競合他社が経費を削減して、守りに入りますから。逆にこちらは、いつもの1.5倍ぐらいの元気で攻めるべきです。不況期は不動産が安い。原材料費が安い。広告費が安い。昨年と同額の広告予算で、1.5倍ぐらいの広告出稿ができます。しかも、競合他社が広告出稿を減らしているので、インパクトも大きい。つまり目立つわけです。
特に私たちHS証券のような、業界トップを追いかける立場の企業は攻めた方がいい。いまHS証券はトップの野村證券と大きな差があります。しかし、このチャンスを活かせば、将来No.1になれる可能性もあります。もちろん、不況はピンチにもなり得ます。変化の激しい時期はチャンスでもあり、ピンチでもある。幸と不幸はあざなえる縄のごとし。表裏一体、うらはらの関係なんです。いまはドラスティックなチャンスとピンチが同時にやってきています。
不況期でも将来への投資を怠るな
―不況期の経営者は短期的な視点に陥りがちです。どうやって経営のバランスをとればよいのでしょうか。
不況期には、利益の6~7割を短期的な投資に配分する。そして、残りの3~4割を中長期的な投資に配分すべきです。好景気の時は、この配分を逆転させます。短期的な投資を3~4割に抑え、中長期的な投資を6~7割に増やす。好景気の時は放っておいても業績が伸びるわけですから、将来に投資する。こうやってバランスをとるわけです。
経営者に必要なものとは
―澤田さんは今回の大不況も予見していたのですか?
ある程度は予想していました。ここ近年の地価の上昇に違和感を覚えていました。都心の地価はバランスを崩している。きっと揺り戻しが来るだろうと。だから、2007年に澤田ホールディングスグループが保有する土地や不動産もすべて売却しました。おかげで当社はリーマン・ショックの影響も小さかった。
ちなみに私の予想では、ここ1年はデフレの状態が続くと思います。そして3~5年後にインフレがやってくるでしょう。かなりのハイパーインフレになる可能性があります。その時に備えて、いま何をすべきかを考えています。やはり、経営者は時代の少し先を読んで、事前に変化に備えなければいけません。これまで私は常に時代の一歩先を読んで対策を打ち、大きな被害を避けてきました。もちろん、いろいろな事業を展開しているので、完全には避けられませんが。
―事前に変化を予見し、来るべき変化に備えると。
ええ。そして変化が起こった後は、その変化に素早く適応しなければいけません。経営者には❝変化適応力❞も必要です。いま業績の良い会社も、放っておけば必ず業績は悪化します。なぜなら、時代は変化し続けるからです。その変化に適応するために、時として今までのやり方を捨てる決断も必要なんです。
―それは大企業も中小企業も同じですね。
もちろんです。どんな大企業も変化に適応しなければ、いつか死に絶えてしまいます。恐竜のように。たとえば、GMがそう。30~40年前、GMは名実ともに世界一の企業でした。トヨタなんて足元にも及ばなかった。しかし、その後は過去の栄光にとらわれ、時代の変化に適応できませんでした。小型車やハイブリッドカーの開発に遅れ、生産現場の効率化も進まなかった。
そして、ついに2009年に倒産。実質的にアメリカ政府に国有化されました。つまり、GMのような世界企業でも、時代の変化に適応できなければ滅びるわけです。中小企業もベンチャー企業も同じです。たゆまぬ変化とチャレンジ、それが大事です。
時代も人も環境も、絶えず変化し続けています。永遠に続くものはありません。だから「大きい会社=いい会社」、「儲ける会社=いい会社」ではない。いい会社とは変化に適応できる会社です。それを肝に銘じて経営するべきです。
―変化適応力の他に、経営者に必要な資質はありますか。
あと2つあると思います。ひとつは❝元気❞。これは肉体よりも精神面ですね。「もっと会社を良くしよう!」、「業界トップを目指そう!」、そういった強い気持ちが大事です。この❝元気❞が様々なエネルギーの源となり、いろいろな知恵や工夫を生み出すんです。
そして、もうひとつは❝志❞。会社を継続させるには、経営者の高い志が必要です。お金儲けだけが目的では長続きしません。社員もついてきてくれません。自分たちは何のために日々働いているのか。経営者は数値目標の前に、まず❝志❞を示さなければいけません。
企業の継続的な成長に必要なものとは
―なるほど。では、実際にどうすれば企業を継続的に成長させることができるのでしょうか?
必要なアクションは3つあると思います。1つ目は、明確な目標を掲げ、それをスタッフと共有すること。人間は、夢や目標がなければ元気が出ません。だから、まず経営者の❝志❞を具体化し、分かりやすい目標に落とし込む必要があります。そして、その目標をスタッフと共有する。H.I.S.の場合、「日本一の旅行代理店」という明確な目標に向かって、一致団結して突き進んできました。その結果、2005年度にJTBを追い抜き、単体の海外旅行取扱人数でNo.1になることができたんです。
2つ目は、あきらめずに継続すること。「継続は力なり」です。たとえば、1日で英会話をマスターすることは不可能です。しかし、毎日継続して勉強すれば、いつか英語が話せるようになるでしょう。あきらめて途中で投げ出してはいけません。プロスポーツ選手も同じです。彼らは毎日練習しているから上手いんです。先天的な才能よりも、継続的な努力が重要だと思います。
3つ目は、運を味方につけること。愚直に努力を続けても、運が悪ければ成功できません。どれだけ自社が頑張っても、取引先が倒産して連鎖倒産することもありますから。また、人や企業、そして❝時代との出会い❞には運の要素があります。まさにH.I.S.がそうでした。海外旅行のマーケットが拡大する❝時代❞に巡りあえた。この巡りあわせがなければ、H.I.S.はここまで成長できなかったと思います。
―運というのは、味方につけることができるのですか?
「運」という字には「運ぶ」という意味があります。だから、私は「運とは自分の力で運んでくるもの」だと考えています。運を味方につける方法のひとつは、運の良い人や企業と付き合うことです。運の良い企業とは、元気で伸びている企業。そんな企業と付き合っていると、自社も元気になってきます。できる限り、運の悪い企業とは付き合わない。運の悪い企業と付き合っていると、自社の運まで悪くなってきます。運の悪い企業とは、業績が悪化していたり、トラブルに巻き込まれている企業ですね。
ただし、長く経営をしていれば運の悪い状態に陥ることもあります。そんな時の解決策は、じっと耐えることです。嵐が過ぎ去るのを待つ。そうすれば、いつか必ず晴れ間が訪れます。また、他にも解決策はあります。それは思い切って環境をガラリと変えること。たとえばオフィスを移転する。その場所から思い切って離れる。ただし、中途半端に環境を変えるのは一番ダメです。環境を変えるなら大胆に動くべきです。
―最後に、経営者へのアドバイスをお願いします。
繰り返しになりますが、明確な目標をスタッフと共有し、あきらめずに継続すること。そして、運を味方につけること。その際、経営のバランスには常に細心の注意を払ってください。景気の良い時は、おごらず慎重に行動する。逆に景気の悪いときは、縮こまらず果敢に攻める。
またバランスという観点から考えれば、企業が“急”成長することは危険を孕んでいます。なぜなら、急成長するとバランスが崩れやすくなるからです。商品やサービスのクオリティが落ちたり、人材のマネジメントが追いつかなくなります。お金を借りすぎて、後で返せなくなることもある。だから反動が大きくならないよう、ゆっくりと着実な成長を目指してください。