―東日本大震災が起こって半年あまりが経ちました。出井さんはこの間の日本の変化をどのようにとらえていますか。
出井:まず注目すべき点は、フォーマルなストラクチャー(構造)と、インフォーマルなストラクチャーの違いがはっきり見えたことです。フォーマルなストラクチャーとは、政府や行政など。対して、インフォーマルなストラクチャーとは、近所付き合いや個人同士のつながりなどです。インフォーマルなストラクチャーについて言えば、このような大惨事にもかかわらず、略奪が起きるといった混乱もなく、人々がみんなで助け合って頑張っている。これは世界中から称賛されています。
一方、フォーマルなストラクチャーを見ると、政府も首相(取材時は菅総理)も、国民から期待された役割を果たしてないと言わざるを得ません。政府に対する国民の信頼も低下しました。特に情報開示が遅れたことから、何か隠しているのかと勘ぐられることも多かった。このフォーマルとインフォーマルがあまりに違いすぎることに、がっかりしている人が多いと思います。
―産業界においては、どのような課題が浮かび上がってきたのでしょうか。
出井:私はこれまでもずっと、「日本の企業には大転換が必要だ」と言ってきました。このままであれば、世界における日本企業のシェアが奪われていくのは明らかだからです。戦後ずっと日本は成長をしてきましたが、それは米国や欧州という市場に対する東洋の工場という位置付けがあったからです。私たちは懸命な努力を続けて「メイド・イン・ジャパン」の評判を高めてきました。しかし、最近では韓国、台湾、中国の製品の品質が追いついてきています。日本企業にとっては、もはや延命措置ではなく、新たな成長戦略が求められます。今回の大震災によって、企業はいよいよその決断を迫られていると言えます。
―その問題にもつながると思うのですが、御社では「アジア・イノベーション・フォーラム(AIF)」を毎年開催されていますね。今年のテーマはどのようなものですか。
出井:「アジア・イノベーション・フォーラム」は、アジアに強い関心を持ち、事業注力する経営者、起業家、研究者、政治家、行政官僚など、新しい考え方を持ったリーダーを対象にしたビジネスフォーラムです。2007年から毎年1回開催し、これまで「アジアのベンチャー支援の生態系」、「アジアの成長 日本の責任」、「日本とアジアの新・共創戦略」などのテーマで、議論や提言を行ってきました。
今年のテーマは「岐路に立つ日本~今こそ次世代のための選択を~」です。「岐路に立つ」という表現だと、あまり危機感がないかもしれません。言葉を変えれば「崖っぷち」です。東日本大震災によるさまざまな課題を抱える中で、今こそ大転換しなければ、日本は生き残れません。抽象論を話し合うのではなく、実際に行動を起こさなければならないのです。政治については、政争に明け暮れている暇はありません。ビジネスについても、ソニーをはじめとする製造業は、目の前の競合企業ではなく、本当の新しい競争を考えるべき。これまでの常識や概念をいったんゼロにして、日本の次世代のために何をすべきかを今こそ考えなければなりません。
―震災からの復興など喫緊の課題もある中で、どのような取り組みが求められますか。
出井:結論から言えば、物理的な復興だけではダメです。阪神・淡路大震災でオフィスビルが壊れた。それをもう一度作り直すというのはいいでしょう。では、東北も元通りに戻せばいいかというと、そうではない。例えば畜産業をされていた方の中には、手塩にかけて育てた家畜を失った人も多い。畜舎を直して、もう一度家畜をそろえればやり直せるのか。そう簡単ではありません。なにしろ、これまで続けてきた生きがいや経験が全部否定されたのですから。原発事故にともなう放射能汚染などの問題もあります。住み慣れた土地を離れざるをえない人もいるでしょう。そのような人がたくさんいる中で、問題をどうやって解決するのか、答えは出ていませんし、そもそも解決策を真剣に考えている人が少ない。
東北は農業や漁業など第一次産業に依存していて、それが急に壊れたわけです。それをどう復興するのかは、東北だけでなく、日本の第一次産業、ひいては日本全体の産業をどうしていくかという大きなテーマに直結します。日本の中における東北をどのような地域にしたいのか、という長期的なビジョンが不可欠です。単に元に戻すだけでは意味がありません。50年後、100年後を見据えて、東北にどのような産業を育てたいのか、教育をどうするのか。東日本と西日本との補完関係やエネルギー政策なども含めて、本気で議論すべきです。
ベンチャーに求められる役割とは
―中堅・中小企業の経営者はどのような考え方を持つべきでしょうか。
出井:「自社がどのマーケットで勝負すべきか」という点について、しっかりと考えた方がいいですね。これまで、日本の大企業は中小企業に支えられてきました。日本の大企業が強いのは、部品メーカーからソフト産業まで、非常に幅広い下請け企業がそろっているからです。これは世界的に見ても珍しい構造です。ただ、企業の活動がグローバル化し、大企業が海外に出てしまうと、その構造も崩れてしまう。
そうであれば、中堅・中小企業は国内だけを考えるより、日本を含むアジアマーケット全体で考えるべきです。人口規模を考えても明らかですよね。日本の人口は1億数千万人。中国は13億人以上、インドは11億人以上です。といっても、中堅・中小企業はすぐに海外に移転すべきというわけではありません。国内にいてもグローバル化はできます。大切なのは、大きな視点で市場を捉えることです。幸い、日本は成長中のアジアに位置しているわけですから、チャンスはたくさんあります。
―出井さんは以前からベンチャー企業の重要性を指摘していますが、ベンチャーに求められる役割はありますか。
出井:ベンチャー企業は❝社会の子ども❞のようなもの。子どもが生まれない国は衰えます。だから、ベンチャーがどんどん育つ仕組みがある国が強いのです。残念ながら日本には、ベンチャーを育てる仕組みがほとんどありません。ソニーがグローバル企業に育ったことを「ベンチャー企業の成功例だ」と言われることもありますが、ほかの事例はホンダぐらいしかない。米国などに比べて、ベンチャーを育てる生態系が極めて遅れているのです。
その理由のひとつは、ずっと日本が銀行支配の国だったからです。銀行の子会社にベンチャーキャピタルがあって、親会社が貸し付けたお金をベンチャーキャピタルが取り戻す仕組みになっていた。この構造ではベンチャーは育ちにくい。私が当社を設立したのも、ベンチャーを育成するため。既存のルールを壊して新しいルールを生み出すようなベンチャー企業を応援しようと考えました。有望なベンチャー企業を育てることで、新しい産業はもとより、大企業も含む日本そのものを活性化したいと思っています。
―厳しい環境に直面している状況下で、経営者には何が求められるのでしょうか。
出井:経営者は責任を取る人のことです。もちろん、経営は一人でやるわけではなくて、基本的にはチームですよ。積極的にリスクを取る人もいれば、リスクをセーブする監査役のような人もいる。パワフルにものを売る人もいる。それらをまとめて、最終的に決断をするのは経営者なのです。最近の日本の組織を見て懸念に感じるのは、責任の所在がどんどん小分けになっていることです。企業だけでなく、行政や医療機関でもそうです。誰もが部分的な責任しか問われないので、全体が見えない。いわば、国中が大企業病にかかっている。数人しかいないベンチャー企業でも、「それは私の担当ではないので」という人が珍しくない。そんなことを言う会社が伸びるはずがありません。
また、当然ながら、経営者はリスクを見極めながらリスクを取らなければなりません。最近の若い人を見ると、プールに飛び込まずにプールサイドで評論している人が多いような気がします。それではダメですね。
―最後に、中堅・中小・ベンチャー企業の経営者にアドバイスをお願いします。
出井:常に短期的な視点と長期的なビジョンの両方を持つことです。事業の復旧など、とにかく今やらなければいけないことは、体を動かしてすぐやる。それと並行して、長期的には本当にそれでいいのかと常に考えてほしい。私が今一番心配しているのは、何でも震災や原発事故のせいにできてしまうことです。「私たちがこんなに頑張ったのに、震災のせいで…」と、外部に責任を転嫁できる。もちろん、影響は少なくありませんが、今だからやれることもたくさんあるはずです。
他人のせいにするのではなく、自分が直接責任を取って、必死になってやってくれる経営者がもっともっと出てきてほしいですね。そのような人が増えれば、日本はまだまだ世界で存在感を発揮できる。次世代を担う中堅・中小・ベンチャー企業の経営者におおいに期待しています。