―新規事業を成功させるポイントを教えてください。
新規事業において一番重要なのは「誰がやるか?」だと思っていて、スーパーポジティブな人材を責任者として登用しています。僕は新規事業を成功させられる人は、空気を変えられる人だと思っているんです。そこは絶対必要なので、その素質をしっかりと見定めていますね。
僕の経験上、新規事業をやっているうちにネガティブな思考になる人は本当に多いんです。まだ市場にないサービスをつくるので当たり前なのですが、最初はなかなか売れませんし、本当にやる意味があるのかと疑ってしまう。次第に営業は「本当に売れるのか」と思いながら営業し、エンジニアは副業し始めたりする(笑)。
だからつらい状況下でも「絶対成功できる」と言い続けることができる人が必要なんです。どんな時もポジティブに振舞って、メンバーに成功できると思い込ませる。不確実な状況下でも最後までやり切ることができる。そんな人に新規事業を任せることが一番大事だと思いますね。
―事業をつくるタイミングについてはどうお考えですか?
タイミングも非常に重要だと思います。たとえばその事業は新規性やポテンシャルがあるか。またその市場に参入した時、自社の既存リソースや強みが活かせるか。トレンドに合っているか。そのようなことを、まだ他の人があまり参入していない早期の段階で判断することが求められます。
たとえば過去に『GROUPON』というサービスが流行って、みんなそれを真似してましたよね。あの時、同じようなサービスをつくって失敗した会社は本当にたくさんある。当社も失敗しましたが、キュレーションメディアの『MERY』を真似て失敗する会社がたくさんあったり。
それはなぜ失敗したかというと、もうみんながやり始めていて遅かったからだと思うんです。『ジョブカン』のようなBtoBのSaaSビジネスも、今から参入しようと思うと正直かなり難しいと思います。なので常に市場の半歩先を見据え、先手を打たなければ厳しい勝負になると思いますね。
―市場の半歩先を予測するにはどうすればいいんですか?
僕の場合は海外のVC(ベンチャーキャピタル)や国内のVCに投資して、VCから自動的に情報が入ってくる仕組みをつくっています。日本国内だけでなく、海外のVCにも投資して情報を得てますね。またトレンドに詳しい人や、それぞれの分野に精通した人が必ずいるので、そういう人とたまに情報交換などしています。その中から自社の強みと掛け算して、これはイケそうというものを絞っていくイメージです。
―他に意識していることはありますか?
当たり前ですが新規事業に投資するには、その事業に投資する資金を既存事業から得ることが大前提です。僕は新規事業をやる時は大体年間で2~3億くらいは投資する覚悟でやります。『ジョブカン』を立ち上げた時は、『暴走列伝 単車の虎』というゲームが当たり、その資金のおかげで赤字でも投資し続けることができました。
オリジナルゲーム『暴走列伝 単車の虎』
そしてBtoBかつサブスクモデルの『ジョブカン』が成長した今、そこから継続して収益を得られるため、収益が上下するゲーム事業や不確実性が高い新規事業への投資もしやすくなりました。既存事業の安定収益がなければ、うまくいったはずの事業を途中で諦めたり、開発費がなくて中途半端なサービスになってしまう恐れもある。だから「金のなる木」ではないですが、安定した既存事業があることが、結果として新規事業の成功に繋がるんです。
―初期の段階で発案やプロダクト化するところは誰がやるんですか?
まず発案というかネタ探しは8割、9割がた僕がやります。今ある主要サービスはほとんど僕が発案したものですね。一方で、プロダクト化するフェーズのところは人に任せることが多くなりました。たとえば『ハウコレ』や『ジョブカン』、『暴走列伝 単車の虎』などは僕がプロダクト化までやった。でも最近は発案のフェーズで責任者になる人と話をして、プロダクト化のフェーズからその人に全てやってもらいます。
―新規事業を任せる人材はどうやって選んでいますか?
基本的に出来そうな人にしか任せません。よく周りの会社が、「思い切って新卒に新規事業を任せてみました!」みたいなことをやってるのを目にしますが、僕はやりませんね。そもそも新規事業をやるなら小さくつくって勝負するというのではなく、億単位のお金を掛けて徹底的にやるというスタンスなんです。だから、「この人ならそれくらいのお金をベットしても大丈夫」と思える人材にしか任せないですね。
―そんな人材をどうやって見つけるんですか?
正直なところ、新規事業を任せられるような優秀な人材はそんなにいないと思ってます。社内から登用する場合、優秀な人は評価会議で話があがってきたりするので、そういう場で話に出た人と直接会うようにしてますね。広く社内公募して、新規事業をやりたいという人に任せるものでもないので、優秀な人を1本釣りするような感覚に近いです。
―そういう人材は往々にして既存事業でも重宝されていると思います。その辺りはどうお考えでしょうか?
正直それはどこの組織でもあると思うので、僕はしょうがないと割り切ってますね。確かに重宝していた人材が引き抜かれると、その事業部にとっては痛手になる。でも不思議なもので、その人が抜けても案外うまく回ったりもします。なので数少ない新規事業を任せられるような優秀な人材であれば、既存事業から引き抜いてでも新規事業に挑戦してもらいたいですね。
―オペレーティブな人や頭が良い人を採用すると、空気を変えられるような人ってなかなか出てこないと思うんですが、採用時に工夫していることはありますか?
採用で100%見極めができているとは思っていないので、どちらかと言うと入社後にどういう動きをするかを見てますね。そもそも新規事業を任せられるような優秀な人材ってそんなに出てこない。これは肌感覚ですが、採用した人の中で100人に1人くらいじゃないかという感覚です。それくらいの気持ちで望んでいるので、採用時から絞ることは難しいと思います。また社内に人材がいない場合は、社外から優秀な人材を獲得することも一つの手ですね。
―どのように社外の人材を獲得するんですか?
当社の場合は企業をM&Aし、そこで代表を務めていた人材に新規事業を任せたことがあります。いわゆるアクイ・ハイヤー(※買収による人材獲得)なのですが、『ソーシャルランチ』というサービスを運営するシンクランチ社をM&Aし、そこで社長をしていた福山君にDONUTSにジョインしてもらいました。
福山君はメルカリにも事業を売却したことがあるシリアルアントレプレナーで、非常に優秀な人材です。彼と僕が二人でディスカッションし、『ミクチャ』(当時はMixChannel)の構想を得ることができた。そしてそのまま福山君にミクチャをやってもらったんです。新規事業を任せられるような優秀な人材は、会社ごと買ってでも獲得したい。それほど貴重ですね。
※フィジビリティ・スタディ:事業の実現可能性をサービスリリース前にテストすること。
―新規事業の成功確率はどれくらいですか?
正直、ゲーム事業は打率が低いですね。ただ、Webサービスであれば、今は8割~9割当てられると思います。とはいえ僕たちもたくさん失敗してきました。その中で失敗パターンがなんとなく見えてきたんです。
たとえば新規事業をやっている時、もっともらしいことを言って足を引っ張る人が多いとか、そういう組織づくりで失敗しているケースは多いんです。僕は新規事業をやる組織には、右といったら右に行くことしか考えないメンバーを入れるべきだと思っています。
逆に、変に小賢い人を入れると勢いがなくなってしまう。正直できない理由なんて探せばいくらでも出てくるし、そんなの議論しても意味ないんです。だから数少ないブレーンを据えて、そこについていくポジティブな人間だけで組織を構成するべきですね。
―新規事業における撤退の基準はありますか?
特にありません。基本的に僕が判断して決めていますね。実は今では花形事業である『ジョブカン』も最初は全く売れなかったんです。サービス化したものの、当時から競合となるサービスは100個くらいあった。それに『ジョブカン』の機能もまだまだ未熟で、運営体制も整っていませんでした。
そんな微妙なサービスだったので、実はリリースしてから2、3年は年間1社くらいしか売れなかった(笑)。ここ数年でようやく収益が伸びてきているものの、つい5年前くらいまでは毎月赤字を出す事業でした。社内からは常に「これ以上続けていいのか。撤退すべきじゃないか」という声があがってましたね(笑)。
でも僕はBtoBビジネスである『ジョブカン』で安定収益をあげたいと思っていたこともあり、根気強く投資を続けたんです。当たり外れが読みにくいゲーム事業を運営しているので、全社的に見ても『ジョブカン』は重要な立ち位置を占める事業でした。すると2016年辺りから、たまたま働き方改革やクラウド活用の波にうまく乗ることができた。こうして『ジョブカン』は花形事業へと成長していったんです。
受託開発で食いつなぎながら自社メディアを立ち上げ
―御社の歴史を知りたいのですが、創業事業は何をされたんですか?
創業時にやっていたのはTwitterのようなサービスですね。あと『みん就』のようなサービスもやってました。しかし2、3カ月トライしたもののうまくいかず、資金が底をつきそうになったので事業をたたむことに。それからは3年ほど資金を貯めるために受託開発をやってましたね。
また受託開発の傍らで『ハウコレ』という自社メディアを立ち上げました。当時ハウツーメディアの『nanapi』が台頭していて、それを真似たハウツーメディアを立ち上げようと思ったんです。彼らは情報量も圧倒的だったので、僕たちは女性向けに特化してやろうと。恋愛や美容にまつわる情報発信をし、徐々にPVも増えていきました。
ターゲットを女性に絞っていたこともあり、しばらくすると広告をもらえるようになった。こうして『ハウコレ』は順調に成長し、無事に黒字化しました。
―受託開発をやりつつ自社メディアを立ち上げ、うまくいったんですね。
ハウコレは好調だったのですが、ネット業界の競争は激しかった。キュレーションメディアの『MERY』が台頭した辺りから業界の潮目が変わったんです。後々になってキュレーションメディアの著作権侵害が問題になりましたが、1記事の制作スピードが段違いに早く、『ハウコレ』の比じゃなかった。当時はみんな同じようなサービスをつくってその波に乗ろうとしてました。
逆に『ハウコレ』はその波に飲まれ、毎月数百万の赤字が出てしまいました。僕たちはメディア事業を続けるべきか話し合い、どこかに事業売却するか、あるいは潰すしかないなと。そこまで考えてましたね。
―現在『ハウコレ』はDONUTSから分社化したんですか?
そうです。『ハウコレ』を続けるか悩んでいる時、優秀な若者と出会いました。彼は『ハウコレ』を「自分にやらせてくれ」と言ってきたんです。事業特性上、若い人がやったほうがうまくいきそうな気がしてたので、ここは思いきって彼に任せてみようと。
それで株式を持ってもらい、『ハウコレ』を分社化して経営を任せました。すると2、3カ月後には黒字化したんです。あの時は驚きましたね(笑)。やっぱり事業を運営するうえで、誰がやるかはすごく重要だなと。
女性向けメディア『ハウコレ』
粘り強く投資を続け、経営基盤を支える事業に成長
―『ジョブカン』が生まれた経緯を教えてください。
『ジョブカン』は、2010年に『ジョブカン勤怠管理』をリリースしたところからスタートしました。もともと自社の勤怠管理をするために開発したシステムで、それが便利だったのでASP(※)で提供しようと始めたサービスです。
先述したように、立ち上げ当初はサービスも組織もまだまだ未熟。おまけに競合も多かったので当初は伸び悩み、なかなかユーザーが増えませんでした。それでもゲーム事業で得た資金をそこに突っ込んで投資を継続し続けた。赤字事業なのに投資し続けることは社内からも反対を受けました。
しかしBtoBかつサブスクモデルで、安定収益を生み出せそうな『ジョブカン』はどうしても成功させたい。僕は社内のハレーションがあったとしても、ここは投資を続けようと決めていました。もしIPO(株式公開)していたら、投資家への説明などもあったと思うので、投資を続ける判断も難しかったかもしれません。これはある意味、IPOしないで良かったと思える一つのポイントですね。
※ASP:アプリケーションサービスプロバイダの略称。アプリケーションソフト等のサービスをネットワーク経由で提供すること。
No.1クラウド型システム『ジョブカン』
中国でライブ配信に出会い、サービスをピボット
―他にどんな事業をやっていますか?
ライブ配信アプリの『ミクチャ』というサービスがあります。この事業は2013年に始め、当初はショート動画投稿サービスでした。でも、このサービスだと伸びても10億くらいの事業にしかならないなと。
それに中高生がターゲットとなるサービスは大体2年~3年で廃れるんです。それだと面白くない。それでこのサービスをどうしようと考えていた時に、中国に行く機会がありました。僕はそこでライブ配信に出会ったんです。ちょうど5年くらい前のことですね。
その時にライブ配信って面白いなと思ったんです。それでショート動画投稿サービスからライブ配信アプリにピボットすることを決めました。タイミングも良く、日本国内では比較的早めに参入することができたと思いますね。
他には2018年にクラウド型電子カルテの『CLIUS』(クリアス)というサービスを始めました。電子カルテの領域に参入している勢いのある会社は少なく、目立つ会社としてはメドレーくらいしかなかった。だからまだまだ参入余地があると思ったんです。全く別の畑でしたが、研究しているうちに相当なポテンシャルがあると知りました。そして思い切って参入し、順調に成長しています。
動画・ライブ配信アプリ『ミクチャ』
クラウド型電子カルテ『CLIUS』
何気ないことも突き詰めて研究すれば、イノベーションが起こる
―最後に今後の新規事業づくりについて、展望を教えてください。
今はeスポーツを盛り上げたいと思っています。海外であれだけ流行っているにも関わらず、日本ではまだまだ規模や盛り上がりが小さい。ここには相当なポテンシャルがあると思っていますね。
現在はDONUTS USGという会社を立ち上げて、プロフェッショナルeスポーツチームやメディアの運営、ライブ配信などを行っています。eスポーツを今あるプロスポーツと同じように将来性のある競技として広めていきたいと思ってます。