―「モスバーガー」は1972年にカウンター5席の店から始まりました。いまや年商650億円を超える東証一部上場企業にまで成長した要因を教えてください。
櫻田:まず1つめは、時代に恵まれたからです。従来の「飲食業」にシステム化やチェーン化といった要素が導入され、「外食産業」へと変化した時代の波に乗ることができました。最近の例でたとえるなら、ITベンチャーの波に近いかもしれません。2つめは、ハンバーガーというアメリカの食べ物を日本流にアレンジしたこと。「テリヤキバーガー」や「ライスバーガー」といった、モスならではの独創的な商品が他社との差別化になりました。3つめは、店舗戦略。外資系のファストフードチェーンが駅前の一等地を中心に展開する一方、当社は逆の発想をしました。顧客の流動性が少ない二等地や三等地で地域密着度を高め、地元住民に愛される店舗づくりをめざしたのです。資本力のある大手と同じ土俵に乗らないことで、独自のポジションを確立することができました。
―複数の成長要因のなかで最大のポイントはなんですか。
櫻田:「モスバーガー共栄会」というFC加盟店の任意団体を組織化したことです。当時のフランチャイズシステムの概念から考えると、画期的な試みでした。それまでは圧力団体になるという懸念から、オーナー同士の組織化を避けるのが一般的。ところが私の叔父である創業者の櫻田慧は「FCビジネスは人を信じることから始まる」と、あえてヨコのつながりをつくったのです。そこから各オーナーは同志としての絆を結びながら、他店と切磋琢磨。サラリーマン店長ではなく、独立事業者だからこその強いエネルギーが生まれました。そして、この共栄会がベースとなって「チェーン店でありながら、チェーン店らしくない」というモスバーガーの特徴が形成されたのです。
―もう少しくわしく教えてください。
櫻田:通常、チェーン店というのは標準化と画一化によって業務効率化をめざします。しかし、当社は店舗づくりをオーナーにゆだねて制約を少なくしてきました。仕組みやマニュアルはありますが、それ以上のことをできるのが人間。本部からの指示通りにやるよりも、自分で考えて結果を出すほうがモチベーションも上がります。その結果、多くのお客さまから「モスの対応はマニュアル的じゃない」「まるで自分の家のように落ちつく」と評価をいただくように。こういった目に見えない価値、人間性がモスのブランドをつくってきたのです。
―日本マクドナルドが減収減益を続けるなか、なぜ御社は2014年3月期に増収増益を果たせたのですか。
櫻田:まず早朝時間帯の強化が奏功しました。以前から兆候はありましたが、東日本大震災のつらい経験を経て、早寝早起きの生活を志向する人が増えてきたようです。そうした人たちに朝食のインフラを提供するため、2012年3月には朝7時からの営業店舗を増やし、朝専用メニューも導入。2013年9月末には約800店舗に拡大し、2014年4月からは全店舗(一部店舗除く)で実施しています。ここでのポイントはマーケットインの発想。お客さまが求めていることを徹底的に考えると、お店のたたずまいや店員との関係性など、さまざまな要素が大切だとわかります。いい商品をおいて値段を下げるだけでは、コンビニや家庭料理に勝てません。
―単に営業時間やメニューを変更するのではなく、顧客が店舗ですごす意味を考えているわけですね。
櫻田:そのほかにも、ブランド力を向上させるための活動が業績を支えました。具体的には全国各地でタウンミーティングを開催し、お客さまに当社の取り組みをお伝えしています。株主の方とは懇談会や説明会、農業生産者の方とは「HATAKEミーティング」と名づけた対話の場をつくっています。もちろん、社内コミュニケーションも重要。ランチの際には、私の部屋で社員5人と忌憚のない話をする機会を設けています。昨年度は24回ほど開催し、一人ひとりの社員にメッセージを伝えてきました。ブランド力が下がるのは一瞬ですが、上げるには地道な努力が必要。時間も手間もかかりますが、対面のアナログ的手法が大切なんです。
日本企業の進出に適した国や地域とは
―創業者の櫻田慧さんから影響を受けた経営哲学はありますか。
櫻田:私が21歳で入社したころから、何千回も口を酸っぱくして言われたことがあります。それは「なんのために商売をやるのかをいつも自分の芯におけ。それがなく戦術や戦略に走れば、必ず右往左往する」という大原則です。当社の目標は、食を通じて人を幸せにすること。ですから、この実現こそが自分自身の喜びと思って仕事をしてきました。また、タライの話も印象に残っています。タライに水をはって、自分のほうに水を呼びこもうとすると指の間から逃げていく。でも、こちらから水を押すと返ってくるんですね。つまり、最初から得ようとせず、与えようとすると結果は返ってくる。だから欲望ではなく志をもった人間になれ、と薫陶を受けましたよ。
―20代のころから、そういった原理原則を理解していたのですか。
櫻田:いえ、最初は1割くらいしか理解できませんでした。歳を重ねて経験を積むなかで、少しずつ身にしみていきましたね。そのなかで人柄の大切さも説かれました。「正しいことを言っても嫌われるような人間にはなるな。あなたの話を聞きたいと思われる人間になれ」と。いまは素直で謙虚な人柄こそ、経営者に不可欠な条件だと実感しています。
―235店舗(2014年6月末現在)の台湾を筆頭に、モスバーガーは積極的なアジア展開を進めています。日本企業の進出に適した国や地域はありますか。
櫻田:市場のポテンシャルを評価すれば新興国ですが、業種・業態によって違うでしょうね。肝心なのは、GDP、宗教、言語、食文化、業界構造といった基本情報を調べたうえで、経営層が現地に行くことです。新しい市場を切り拓くときは、その国に永住するくらいの覚悟をもたなければ成功できません。私は5年間台湾に住んで現地の人とかかわり、モスバーガーの受け皿があるかどうかを肌で確かめながら、毎日をすごしていました。調査報告書をいくら読んでも書いていないことが、現場にはたくさん転がっていますから。
―アジア各国に展開していくうえで、企業が変えてはいけない点と変えるべき点を教えてください。
櫻田:絶対に変えてはいけないものは経営哲学。一方、戦略や戦術は現地の実情に合わせて変えるべきでしょう。たとえば、台湾では「モスチキン」を非常にスパイシーにしました。世界中で同じ商品を展開するチェーンもありますが、それは戦略の違い。優劣はありません。また、人材のマネジメント手法も変化させます。たとえば集団主義の日本に対して、中国は個人主義が強い。一人ひとりのエネルギーを企業成長に結びつけるには、そのマインドを押さえつけずに評価すべきです。しかしながら、日本では誤った個人主義が台頭している気がします。欧米型の制度を表面的にとりいれてもうまくいきません。個人の成果よりもチームで力を合わせたプロセスを評価して、集団主義の強みを活かしたほうがいいでしょう。
―最後に、業績低迷に悩む中小・ベンチャー企業の経営者にアドバイスをお願いします。
櫻田:すべては1対1から始まります。5人の会社でも1,000人の会社でも、まずは社員と1対1のコミュニケーションを増やすことが大切です。そこをおろそかにして社長が大勢の前で話しても、肝心なことは伝わりません。相互理解のインフラがなければ、メッセージは届かないのです。これには非常に多くのエネルギーが必要ですが、手間を惜しまず努力してほしい。互いに理解しあえる企業文化をつくれば、その先に成長があるはずです。