―松本さんは1987年から1999年まで外資系投資銀行でご活躍されていたそうですが、今回の世界金融危機をどのように捉えていますか。
今回の金融危機は市場の波のひとつです。私は外資系の金融機関で12年ほど働いてきましたが、その間にも様々な波がありました。それらの波と今回の金融危機は、構造的には同じです。ただ規模が大きかっただけ。世の中では資本主義の構造的変化を指摘する声がありますが、それは少し的外れだと思います。
―「強欲資本主義の限界」などという批判はあたらないと。
いろいろ批判はあるでしょう。アメリカの投資銀行が儲けすぎていた。役員や従業員に高額な給与を払いすぎていた。業界全体のモラルが低下していた…。たしかに、ほとんどの批判は正しいと思います。
でも、これらの批判は今に始まったことではありません。サブプライムローンのような問題も初めて起きたわけじゃない。たとえば20年ほど前、アメリカでS&L(※)(貯蓄貸付組合)の不良債権問題がありました。あるいはジャンクボンド(※)市場の隆盛と崩壊。「ジャンクボンドの帝王」と呼ばれたマイケル・ミルケンは、後にインサイダー取引で有罪判決を受けました。それらの時とあまり違いはないですよ。当時も投資銀行のあり方、ウォール街のモラルが問題になりました。つまり、問題の構造は昔から変わっていない。だから、「100年に1度の大不況」だと恐れる必要はありません。
※S&L(貯蓄貸付組合):住宅用不動産の抵当貸付を手がけるアメリカの貯蓄金融機関のこと。1980年代の規制緩和により、不動産関連融資やジャンクボンド投資を積極的に行ったが失敗し、多くのS&Lが経営危機に陥った。
※ジャンクボンド:債権回収の可能性が低いとみなされる債券のこと。通常の債権よりも信用が低い分、利回りが高い。アメリカの投資銀行家マイケル・ミルケンがジャンクボンドの有用性に目をつけ、その市場を開拓した。
―この不況はいつ頃に回復するのでしょうか?
今年の後半には回復すると思います。どんなに遅くとも、来年には回復するでしょう。昨年、多くの企業でリストラをはじめとしたコストカットが終わりました。いまは多くの企業のバランスシートがきれいになっています。もうそろそろ、企業の業績は回復するでしょう。
ただし、景気や株式市場は国の政策の影響を受けます。今年のポイントは夏の参議院選ですね。そこで民主党が勝てば、3年間は安定政権ができる。衆参両院で民主党が単独過半数を占めますから。そうなれば、いろんな政策が実現できます。
政党は選挙に勝つまでは、場当たり的な政策しか訴えません。でも安定政権に入れば、長期的なビジョン、政策を訴えるようになる。株式市場は長期的な政策を評価するので、株価にも良い影響を及ぼすと思います。
世界経済の今後の展望とは
―では世界経済の今後の展望について聞かせてください。
世界経済のパワーバランスは人口ベースに戻っていくでしょう。産業革命以前のバランスに戻ります。もともと世界のGDP分布は人口分布と比例していました。中国とインドが世界のGDPの2/3を占めていたんです。その後、ヨーロッパで産業革命が起こり、情報や技術が特定の地域に偏在するようになりました。結果、ヨーロッパやアメリカに世界の富が集中するようになったんです。
いまはインターネットによって、世界中の人が瞬時にあらゆる情報を得られるようになりました。また、航空網の発達や自由貿易協定の拡大も進んでいます。そのため、情報や技術が特定の地域だけに留まらなくなります。そうなると、世界の富は人口ベースで配分されていく。つまり、人口の多い国ほど経済規模が大きくなるわけです。現在の状況で言えば、中国とインドが大きくなります。
同様に日本の経済力は相対的に低下するでしょう。「世界第2位の経済大国」という枕詞も早晩使えなくなる。いずれ日本はヨーロッパの小国、たとえばドイツのようになる。ドイツは歴史も文化も豊かな成熟国家です。しかし、世界経済に与えるインパクトは小さい。近い将来、日本もそのようになると思います。
―世界経済のパワーバランスが国の人口に比例するとすれば、アメリカはどうなるのでしょうか?基軸通貨としてのドルの地位は揺らがないのでしょうか?
まず基軸通貨としてのドルの地位は揺るぎません。現在、世界全体の金融資産の2/3はドル建てです。世界全体が2/3もの金融資産を売って、他の通貨を買うことは実質的に不可能です。だからドルが急落する可能性は低いでしょう。
また、アメリカ経済が急速に衰退することもあり得ません。アメリカは多くの基礎技術や特許を持っています。だから、世界中のどの新興国が成長してもアメリカに安定的な利益が入ってくる。アメリカはその仕組みを構築しているんです。
松本氏の考える「不況期の経営術」とは
―ここからは松本さんの経営論を聞きたいと思います。不況とネット証券の競争激化という悪条件の中、御社は黒字経営を続けています。松本さんの考える「不況期の経営術」を聞かせてください。
私は他の経営者の方に偉そうなことを言える立場じゃありません。まだ経営者としては未熟だと思っています。ただ、自分自身が気をつけているポイントはあります。それは「コスト削減」と「リスクマネジメント」です。不況期には、この2つが重要だと思います。好景気の時はコストやリスクが高くても、景気が解決してくれます。利益が出るわけですから。でも、不況期は平時よりもリスクが高まる。だから、❝ほつれ❞が出ないようにコストとリスクをきちんとマネジメントしなければいけません。
ではコストとリスクのマネジメントとは何かと言うと、それは人材のマネジメントに尽きます。お金ではありません。いかに社員の気持ちが緩慢にならないようにマネジメントできるか。社員の気持ちがゆるむとリスクも上がります。必ずしも私自身が全部できているとは思いませんが、それが一番重要だと考えています。
―不況期こそ、人材マネジメントが重要ということですね。
やはり、人がすべてです。特に当社は少数精鋭の会社ですから、一人ひとりの人材が果たす役割は大きい。また当社のような規模の会社は、みんなのベクトルを合わせないと大企業には勝てません。
ただし不況になると、ことはそう単純ではありません。ただ社内のベクトルを合わせて、前に進めばいいわけじゃない。経営者がアクセルばかり踏んでいたら、エネルギー効率が悪化します。コストが上がり、業績悪化につながります。だから、経営者は適度にブレーキを踏まなければいけません。そのバランスが難しい。ブレーキばかり踏んでいては社員のモチベーションが下がり、リスクが上がります。だからブレーキを踏みながらも、明るい目標を掲げることが大事です。
経営者は社員に対して「いつか絶対に会社が良くなる」という希望を示さなければいけません。つまり、投資というアクセルを踏まずに目的地を示すわけです。
―明るい目標を掲げながら、足元ではいったんブレーキを踏むわけですね。
ええ。だから、ある意味、矛盾したことを実行しなければいけません。アクセルとブレーキという矛盾を。これは大変ですよ。
―経営において、松本さんが大切にしていることは何ですか?
社員にウソをつかないことです。もちろん株主やお客さまに対してもウソはつきませんが、一番近くで接するのは社員です。社員とは考え方の違いもあるし、判断の違いもある。その時には正直に話すしかない。また、経営者が描く会社のカタチというものがあります。その是非はともかく「こういうカタチを目指す」と会社像を社員にしっかり示すべきです。ウソをついたり、隠したりしてはいけません。目指す会社像を示さなければ、それを直すこともできませんから。
―何事も社員に正直に伝えることが経営者の責任だと。
そうですね。あとは自らの信念を貫き、決断するのも経営者の責任です。ときには、経営者と役員の意見が対立することもあります。でも、その時は経営者が信念を貫いて決断すべき。役員の多数決ですべてが決まるなら、経営者なんて必要ありません。単に賛否の数だけ数えていればいい。しかし、役員の過半数が反対しても、やらなきゃいけないことってあるんです。絶対にある。それをやり抜く覚悟が経営者には必要だと私は思います。