改革のきっかけは、28%にも達した高い離職率
―サイボウズが最初に働き方改革に着手した理由はなんだったのですか。
当時、頭を悩ませていた高い離職率を抑えようというのが理由でした。もっとも高かったのは2005年の28%。じつに4人に1人が会社を辞めていったわけです。なんと経営効率の悪いことかと。ですから私が当初、働き方改革の目的としたのは、シンプルに経営効率を上げることだったのです。
退職の経緯を見ていくと、その理由はさまざまで、人間関係の問題もあれば、労働時間や仕事内容の問題もある。それならば、それぞれの事情に個別に対応していくしか仕方ありませんから、一人ひとりの「わがまま」を聞いていくことにしたわけです。
―具体的に、どのような対応をしていったのでしょう。
とにかく、一人ひとりの事情を聞き、個別に対応していっただけです。「出社時間を変えたい」「労働時間を短くしたい」「長くしたい」といった声には労働時間の規定を柔軟に変え、「部署を移りたい」「副業をしたい」「在宅勤務をしたい」といった声には、それを可能にする規定へとつくり変えていきました。それらが前例となり、自然と制度化されていったカタチです。
不満が出るたびに伝え続けた「公平よりも個性」という価値観
―それで業務は回るものですか。
当初は、多少の混乱はありました。働く場所も時間も変わりますから、引き継ぎが非常に重要になります。そこで、仕事に関する情報や業務フローを部署内や個人で抱えることをなくし、徹底的にオープン化していきました。この点に関しては、当社が「情報共有ツール」の開発を手がけていましたから、進めやすい環境にありましたね。
また、労働時間や労働形態などが多様化していきますので、評価もそれに合わせて変えざるを得ません。そこで、従来の給与テーブルの考え方を思い切って廃止。一人ひとりを見て、どれほどのスキルをもっていて、どの程度の時間でどれくらいの実績を残し、労働市場ではどういった評価が得られそうか、細かく判断していきました。
―それは大変な手間ですね。
正直、本当に面倒ですよ。しかし、「面倒だから止めよう」と考えた瞬間に元の状態に戻ってしまう。ですから、元に戻りそうになる組織を引っ張っていくために、つねにメンバーへ声をかけ続けました。その時に私が掲げたのが、「公平よりも個性」という価値観でした。
働き方を多様化していく過程では、必ず一部から不満が出てきます。「私と違って、あの人は…」と。そんな時は、「これからのサイボウズは、個々人を一律には扱わない」と明確に宣言し、他人の働き方がどうこうではなく、「自分がどう働きたいのかを考え、主張してきてほしい」というコミュニケーションをとってきました。そうするうちに、メンバーが自分の働き方を主体的に考えるように変わっていきました。時に不満が出る場面では、「個別の問題なんだ」「個性が重要なんだ」と事あるごとに言い続け、改革が後戻りしないように食い止める。それがこの十数年の私の、もっとも重要な役割だったと言えます。
全員アクセスできる、徹底した情報共有の重要性
―成果はすぐに表れたのですか。
ええ。みるみるうちに離職率は下がり、3年後には10%を切り、現在まで8年連続で5%を下回っています。「ここまでうまくいくものか」と思ったほどです。個々の「わがまま」を聞いていてはカオスに陥るのでは、との心配もありましたが、それは違いました。本当に面倒な取り組みではありますが、投資対効果で見れば、必ずやる価値があるという確信を、私の場合は早くからもつことができました。
また、離職率の低下だけではなく、当初想定していなかった成果も得られました。市場から「働き甲斐のある会社」として評価されたことで、求人募集への応募者が増えたこともひとつです。また、情報共有を徹底的に進めたことで、社内連携が格段に改善されました。
―どういうことでしょう。
たとえばトラブルが起こった時に、部署の枠を越えて解決のプロセスを議論するような動きが自然発生的に生まれる。トラブル情報もすみずみまで共有されているので、根本原因までさかのぼって各自が解決に乗り出してくる。結果、全体最適が図られながら問題が解決されていくのです。
全員が同じ情報にアクセスできる徹底した情報共有の重要性は、一連の働き方改革のなかで実感したもっとも大きな気づきでした。従来から続く組織のヒエラルキーを前提にした、バケツリレーのような情報交換を続けていたのでは、たとえ手段が文書からメールへ、チャットへと変わったところで、DXの効果は小さい。誰もが情報を発信、受信できるインターネット時代に合わせ、情報共有を徹底できる組織形態が実現できなければ、真のDXにはならないでしょう。よく経営者が、「社長の目線で考えてほしい」などと言いますが、それならば社員にも社長と同じ情報を与えなければなりません。徹底的に情報を共有していくことを、経営者はチャレンジすべきです。
数字やカテゴリーで、メンバーを捉えてはいけない
―今般のコロナ禍では否応なくテレワークの導入が進み、労働形態の多様化は進んでいます。一方で、社内の求心力低下を懸念する向きも多いです。
ここで考えなければいけないのは、「求心力とはなにか」ということです。社員に首輪をつけて引っ張ることを求心力と捉えるなら、それは弱まります。首輪を外すわけですから。しかし、解き放たれた個人がそれぞれの想いを出し合い、相互に創発し合うように求心力を引き出すことはできる。首輪がないぶんだけ、一人ひとりの想いは求心力の上に強く乗ります。そのように、経営者も変わらなければいけないのだと思います。
―この間、青野さんも変化を迫られたわけですか。
もちろんです。たとえば、働き方の多様性を認めていく過程では、入社して間もないメンバーが「残業はしない」とか「部署を移りたい」とか、 私のような「昭和的な価値観」ではあり得ない要求も多いんです。本心では、「最初の3年はがんばれよ!」なんて言いたくもなります。しかし、それを言ったら「負け」なんです。「公平よりも個性」が重要と言ってきたわけですから。成熟した日本においては、社員の個性を殺して一律にマネジメントするのは、もう無理だということを受け止める勇気が必要です。言葉を変えれば、経営者は権力を振りかざすことをあきらめる勇気が必要なのだと思いますね。
―働き方改革にチャレンジする多くの経営者にメッセージをお願いします。
まずは、メンバー一人ひとりを見ることが重要です。数字やカテゴリーでメンバーを捉えるのではなく、バイネームで見ること。たとえば、離職率を「5%以下にしよう」と数字で捉えてしまえば、4%は成功と受け止められてしまいます。そうではなく、その「4%とは誰と誰なのか」という視点が重要なのです。離職後に夢のある旅立ちならば「良い8%」もあり得ますし、逆に心が折れて辞めていったメンバーたちがいるならば「悪い3%」だってあり得ます。大事なのは、一つひとつの事象を細かく見ていくこと。働き方の多様化はとても面倒なことなのですが、やった以上に必ず経営効率は上がります。