マネックスグループ株式会社 代表執行役社長CEO 松本 大

危機にあっては経験を疑い、変化を恐れず挑戦を続けるしかありません

マネックスグループ株式会社 代表執行役社長CEO 松本 大

この8月で上場20周年を迎えたマネックスグループ。この間、オンライン証券という独自のビジネスモデルを立ち上げ、一貫して日本の資本市場の改革・活性化に力を入れてきた。「コロナ禍」で経済が大きな打撃を受けるなか、「いまこそ、社会に貢献する時間帯だ」と語る同社代表の松本氏は、新たな施策を打ち出し、資本市場の可能性を世に提示するその姿勢に変わりはない。経営者は、この未曾有の危機にどう立ち向かい、いかに乗り越えていくべきか。同氏に聞いた。

※下記は経営者通信55号(2020年10月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

資本市場の民主化に、挑み続けた20年

―上場からの20年の歩みを振り返り、どのような感想を抱いていますか。

 「長かった」という感じはまったくなくて、「走り続けて、気づいたら20年がたっていた」という感覚ですね。具体的な目標を設定するのではなく、方向性を定めて走るのが私の流儀ですが、マネックス証券の場合、その方向性とは「資本市場の改革」でした。資本市場にかかわる証券会社、投資家、メディア、官庁といった、さまざまなステークホルダーの行動様式を変えなければ、日本の資本市場は世界から取り残されてしまうと。そこに関しては、強すぎるくらいの想いをもち続けてきたので、いつまでたっても「これで十分だ」という感覚はもてないですね。

―松本さんが考える「資本市場の改革」とは、どのようなものですか。

 大きく2つあります。1つは、資本市場の主権を個人投資家に奪還させること。いわば、資本市場の民主化ですね。本来、マーケットにおいてもっとも重要な存在は個人投資家です。銀行や保険会社といった機関投資家も、資金の元をたどれば預金や保険料といった個人の資金。その意味では、最終投資家は個人と言えます。この本来の主役であるはずの個人投資家が、日本の資本市場においては軽視されてきた歴史があります。当社が創業以来、各種手数料の引き下げや情報発信の強化に努め、一貫して個人投資家の参入を促してきたのは、そのためでした。

 もう1つは、民主化の結果としての、「資本市場の機能正常化」です。必要な会社には資金が流れ、役目を終えた会社には資金が途絶える。この経済の新陳代謝を促進するすばらしい機能を資本市場は本来的にもっています。この資金の再配分機能を正常に働かせることをライフワークにしてきました。

―この20年の歩みは、すべて「資本市場の改革」に向けられていたと。

 ええ。当社の上場自体が、すでにその挑戦でした。我々は「1円割当増資」という、当時誰も思いつかなかった荒技を使って、上場直前に事実上の株式4分割を3回繰り返して64分割しました。その狙いは、株価を1株4万5,000円程度に引き下げ、個人投資家でも手が届く価格にすることでした。当時のデジタルカメラと同等の価格だったので、家族に言わずに買ってきたとしても、ギリギリ怒られない価格かと。

 ただし、この手法は上場前だからできたのであって、当時の法律では、上場後にこの手法は使えませんでした。ですから、IT企業などでは1株5,000万円なんていう法外な株価が散見されたんです。これでは個人の投資家はとても手が出ず、資本市場が歪んでしまうと考え、私は当時の法務大臣にかけあい、制度改正によってその障壁をなくしてもらったこともありました。

「最大手証券会社が、そんなことでいいのか」

―今年5月に発足した新たなファンドは、まさにその信念を体現したものですね。

 そのとおりです。「マネックス・アクティビスト・ファンド」は、投資先企業の経営陣、取締役会メンバーとのオープンで総合的な対話を通じて、個人投資家がアクティビストとしての機能を発揮することで、投資家と企業双方の利益を実現していくことを狙いとしています。まさに、個人投資家と企業の架け橋になることを目指しています。今回のコロナ禍によって、日本にも大きな変革=トランスフォーメーションを迫られる企業は少なくありません。そういった必要な新陳代謝を企業に促すのがアクティビスト・ファンドの重要な狙いですから、ファンド発足のタイミングとしては、これ以上ない絶好の時期と言えるかもしれません。

―もともと、コロナ禍がファンド立ち上げのきっかけだったのですか。

 いいえ。このファンドを構想したのは、昨年1月のあるテレビインタビューを見たのがきっかけでした。そこでは、最大手証券の社長がその年の株式市場の見通しを聞かれ、「良くて横ばいか」と答えたのを見て、奮起したんです。株価を上げて、より低いコストでの資金調達を実現することで、日本企業が世界で戦う手助けをする。それを使命とする証券会社が、しかも最大手がそんなことでいいのかと。それならば「自分がやろう」と考え、昨年5月にマネックス・アクティビスト・フォーラムを開催し、9月にはファンドの助言会社を登記。今年1月には活動を開始し、8月時点ですでに運用している。動きは早かったですね。

自分の経験や常識には、限界がある

―それが奇しくもコロナ禍と重なったと。現下のコロナ禍をどのように受け止めていますか。

 我々証券業として考えるならば、いまこそ社会に貢献する時だと思っています。いまはある意味、戦時と一緒です。政府がどんどんお金を市中に流し、経済を支えています。株価も上昇し、インフレ傾向も見せ始めています。そうしたなか、政府の支援で経営をつなぎとめてきた企業も、いずれ市場からの資金調達を必要とする動きは増えていくでしょう。一方、インフレ基調のなかで預金が目減りしていく個人も、資本市場は助けていかなければならない。企業からも個人からも資本市場の存在意義が問われていくタイミングだと受け止めています。

 一方、イチ経営者としては、コロナ禍によって世の中はインフレ期に入ろうとしていることを強く意識しなければならないと考えています。

――どういうことでしょう。詳しく教えてください。

 歴史的に見れば、世界経済はインフレ傾向を示していますが、細かく見ていくと、圧倒的に長い期間はデフレ期が続き、その間に一瞬のインフレ期があって一気に世の中が変わっていく。この繰り返しなんです。このインフレ期は世の中の変化が早いぶん、競争に出遅れたり、状況判断を間違ったりした場合のリスクも大きくなります。従来は1ヵ月の遅れでも十分にキャッチアップできていたものが、致命傷になりかねません。いままで以上に、変化への対応スピードが求められてきます。

 そのうえ、このような前代未聞の状況であれば、必ずしも過去の経験は通用しません。経営者は、いままで以上に「自分の経験や常識には限界がある」と強く戒める必要があるでしょう。情報への感度を高め、他者の考え方も積極的に取り込みながら、新たな気づきにつなげていく力も問われるはずです。

ビジネスチャンスも、数多く生まれている

―最後に、コロナ禍に立ち向かう経営者にメッセージをお願いします。

 前を向くしかありません。インフレ期は世の中の動きが早く、出遅れが致命傷になる危険があると言いました。しかしこれは逆から見れば、それだけビジネスチャンスも数多く生まれているということも意味しています。手をこまねいていては、出遅れるだけ。世の変化の方向性を吟味し、その変化に先んじて、新しい価値を提示してみる。これしかありません。変化を恐れることなく、挑戦を続けていくべきです。

松本 大(まつもと おおき)プロフィール

1963年、埼玉県生まれ。1987年に東京大学法学部を卒業後、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券株式会社(現:シティグループ証券株式会社)に入社。1990年にゴールドマン・サックス証券株式会社に転職し、1994年には同社史上の最年少でゼネラル・パートナーに就任する。1999年に株式会社マネックスを設立。オンライン証券サービスの草分けとして支持を集め、設立からわずか1年の2000年8月に東証マザーズに上場。2005年に東証一部上場。2008年にマネックスグループ株式会社に社名変更。MONEYのYをアルファベット順で1文字前のXに置き換えた社名には、「未来の金融サービスをつくる」という意思が込められている。

マネックスグループ株式会社 

設立 2004年8月
資本金 104億円
売上高 532億2,600万円(2020年3月期)
従業員数 1,108名(連結ベース、2020年3月末現在)
事業内容 金融商品取引業などを営む会社の株式の保有
URL https://www.monexgroup.jp/
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