苦境の時こそ、会社の真価が問われる
―今年で設立20年を迎えました。この間、日本を代表するIT企業にまで成長することができた要因はなんでしょう。
やはり、人材の力だと思います。同じような実力や戦略性をもった会社はたくさんあったはずですが、ここまで成長できた会社は多くはありません。当社のなにが違ったのかといえば、志が高く、やる気に満ちて、真面目で一生懸命な仲間たちの存在があります。そうした人材がつくりあげてきた数々の文化は、当社の最大の競争力になっていると感じます。
―どのような文化ですか。
いちばん大事にしているのが、つねに新しいことに挑戦し続ける文化です。社内では「永久ベンチャー」という言葉で表現していますが、この姿勢はどれだけ会社の規模が大きくなっても変えるつもりのない、当社の根幹をなす価値観といえますね。
それに、常識を疑い、自ら考える文化も当社の成長を支える大事な価値観のひとつです。周囲に追随することなく、「私たちにとっての正解はなにか」をゼロベースで考え続けてきた経験の積み重ねが、当社を成長に導いたことは間違いありませんね。
一方で、人も会社も良い時ばかりではありません。むしろ、苦境の時こそ会社の真価、すなわち「文化の力」が問われるもの。当社のように新しいことに挑戦する会社であれば、それにともなって新しい課題を社会に提起してしまうこともあります。
―キュレーション事業での問題では、社会的な批判を受けました。
はい。20年にわたる会社の歩みのなかで誇れるものがあったとしたら、そうした問題を真正面から受け止め、誠実に問題解決にあたってきた会社の姿勢・文化だと思っています。「永久ベンチャー」として、これからも新しいことに挑戦し続ける以上、「絶対に問題は起こさない」とはどうしても断言できない。しかし、少なくとも事業者の責任として問題解決に誠心誠意であたる姿勢はお約束したい。そうした姿勢をもち続け、社会に「成長してほしい」と望まれる会社でありたいのです。
すべての事業に共通する想い「新しい喜びを提供したい」
―いまやDeNAは社会的な責任も大きくなりました。今後は、世の中においてどのような存在でありたいですか。
世の中に多くの喜びを提供する存在でありたいですね。主力のゲーム事業や、現在お預かりしているプロ野球球団の運営だけではなく、当社のすべての事業に共通しているのが、「新しい喜びを世の中に提供するんだ」という熱量の大きさなんです。
たとえば、遺伝子検査により病気のリスクや体質を知ることができる『MYCODE』という新しい事業があります。先日、食道がんの遺伝的、統計的なリスクが高いとの結果を見た利用者が、すぐに検診を受け、早期発見によって命を救われたという知らせが届き、チームのみんなが自分たちの事業の意義を再認識し、感動のあまり涙する者もいたという出来事がありました。
ほかにも、いま力を入れているオートモーティブ事業では、「タクシー配車アプリの利用で、タクシー待ちをしなくてよくなった」という利用者の喜びの声に勇気づけられ、さらなる喜びのために開発にまい進するメンバーがいます。また、ライブ配信事業では、ユーザーから「ファンがついてきてくれたおかげで、自分に自信をもって生きられるようになった」という声が届き、メンバーたちが沸きかえったことも。事業の現場は、ユーザーへの想いが本当に熱いんです。
世の中の「役に立つ」ことが、多くの人々の心を打つ
―まさに「喜びの提供」がキーワードになっているということですね。
ええ。こうした喜びの声にやりがいや幸せを感じ、「永久ベンチャー」として次の新しい挑戦の力に変えていく。この姿勢は、今後も変わることはありません。
過去20年、レッドオーシャンで競ってきた当社ですが、成長していくにつれ、会社として公共性の意識が強くなってきたのを感じます。それは、いまの時代の価値観も影響しているかもしれません。競合に「勝つ」ことよりも、世の中の「役に立つ」ことのほうがより多くの人々の心を打ち、えられる喜びも大きい。そんな時代にあって、当社は世の中に「よきこと」を拡大・再生産し続けていく存在でありたいです。
―南場さんにとって、経営の次なるテーマはなんですか。
主力のゲーム事業はさらに発展させる一方で、次の事業の柱を育てることですね。すでにいくつか芽が出てきているので、そこを育て上げるために、積極的な権限移譲を図ります。会社の規模が大きくなり、事業領域も広がってくると、経営陣が一つひとつの事業についてきめ細かな議論を重ねていくことは難しくなります。事業領域が拡大するのと同じスピードで権限移譲を図らないと、会社としての意思決定がどうしても粗くなってしまう。そこで、拡大した組織にふさわしい権限移譲を通じた新規事業の育成を促進したいのです。
―先ごろ発表された「社内外の独立起業を支援する投資事業」も、その一環ですか。
そうですね。会社の規模が大きくなると、「社員がやりたい事業」と「会社が要求する事業の規模感」との間に、どうしてもギャップが出てきてしまいます。つねに新しいことに挑戦する「永久ベンチャー」を標榜している当社としては、規模感にかかわらず社員のチャレンジをもっと全力で後押ししたいと考えたんです。そうしたトライアルがDeNAの周縁部で次々と立ち上がることで、球の表面積が幾何級数的に広がるように外部とのさまざまな接点は一気に増えていくでしょう。資本関係などにとらわれず、いわば緩やかなつながりで結ばれたDeNAグループとして、世の中を変えるイノベーションが生み出せればいい。そう考えているのです。
それに、日本における起業のハードルをシリコンバレーのように、もっと押し下げる狙いもあります。
過去20年の反省「GAFAにもっていかれた」
―その理由はなんですか。
20周年を迎えて感じているのは、日本を代表するIT企業にはなれた一方で、「世界でのプレゼンスはまったくない」という反省です。昭和の時代は、ソニーやホンダといった世界を「あっ!」と驚かせる企業が日本から生まれましたが、平成の時代はそうした企業が生まれず、GAFAにすべてもっていかれたわけです。日本を代表するIT企業の当社が世界でプレゼンスを発揮できていないのですから、それは当然の帰結ですよね。その反省は、当社の20年の歴史に重くのしかかっています。ですから、令和の時代は、世界に超メガトン級のインパクトを与えられる存在が日本から生まれなければならない。もちろん、それは当社でありたいし、先ほど言った緩やかな当社グループから生み出したいですね。
※本記事はベンチャー通信76号の記事を加筆し、転載したものです。