「楽しい店」をつくることこそ外食産業の存在意義
―『高倉町珈琲』を設立したのが5年前、76歳のときですね。この挑戦へと背中を押したものはなんですか。
生意気なことを言うと、「レストランとは本来こうあるべきものだ」というのを世の中に示したかったという想いがありました。いま外食業界は、価格ばかり、安さばかりで勝負しているように私からは見えるんです。安さを押し出したほうが売りやすいですが、それだけでは、レストランは単にモノを食べるだけの場所になってしまう。安さ最優先の商品で勝負していては、コンビニやスーパーの惣菜売り場と大差がなくなってしまうんです。
本来は、「楽しい店」をつくることこそ外食産業の存在意義だと思うんです。いい素材を手に入れ、安全でおいしい食事をくつろげる空間で提供する。そういった、われわれ外食産業にしかできないことをもういちど追求し、お客さんの信頼を勝ち得る店舗づくりをしたい。そんな想いがあったのです。
―かつて横川さんが築いた『すかいらーく』でも、「楽しい店」というコンセプトを大切にしていたと聞きます。
そのとおりです。『すかいらーく』をつくった1970年代というのは、外食自体がまだ特別な体験であり、レストランというのは「ハレの場」だったんです。だから、外食は「楽しい」体験として、お客さんの圧倒的な支持を受けてどんどん成長していきました。また、有頭エビフライや夕張メロンといった、いまでは馴染みのある高級食材を日本で初めて商品化しました。しかし、店舗網を拡大していく過程で、いつしか「食の提供」にばかり目が向いていくことに。楽しかった経験も、それを繰り返すだけではそのうち楽しくなくなってしまうもの。ファミレスも同様で、結果として食事プラスαの価値を提供することがおろそかになっていたんだと思います。
その反省から、私は「楽しさ」にくわえて、「健康」をキーワードにした新たなファミレス『ジョナサン』をつくったんです。1980年のことでした。
現場こそ正しい判断ができる それが「商売の基本」
―『ジョナサン』でも大きな成功を収めましたね。
はい。こだわりの素材や斬新なメニューが支持されて、ファミレスはふたたび急成長を遂げることができました。『ジョナサン』では、素材がよくないといけない、家庭や同業者よりおいしくないといけない、居心地がよくないといけない。「そういう要素がすべて揃っていないと、楽しい店にはならない」という想いがあったので、そこにはこだわり抜きました。有機野菜を導入し、ホワイトソースをつくりにニュージーランドにも行きました。それは現地の良質の牛乳とバターで本物を安くつくるためです。
これらの挑戦が『ジョナサン』の成功に寄与したことは間違いありません。しかし、それ以上に大きな要因は、会社がお客さんと働く人、それぞれと信頼関係を築くことができたことです。
―どういうことでしょう。
私は、外食産業で成功するためにいちばん重要なのは、お客さんとの信頼関係、働く人との信頼関係、このふたつをいかに築けるかだと信じています。 お客さんとの信頼関係は、メニュー開発や店舗づくりでお客さんの喜びを追求することで築いていく。それこそが経営の本質です。では、働く人との信頼関係はどう築いていくか。ここをおざなりにしている会社が少なくないように感じます。私はここもとことん考え抜き、出した結論が「現場主義」「店長中心経営」でした。
商売というものは、現場の人間じゃないと正しい判断はできないものなんです。現場の人間は、事の経緯や表情、言葉遣いなどからお客さんの感情を肌身で感じることができます。それができない本部が、「ああしろ」「こうしろ」と現場に指示していては、仮にトラブルの場合、余計助長してしまいかねない。だから、店舗運営ではなによりも店長の判断を優先することにしているんです。
理想はまだ完成していない
―「店では店長が社長」というわけですね。
そうです。マニュアルやルールはつくるが、現場の判断で自由に運用していい。本部の命令を受けるばかりで、現場がやりがいや楽しさをちっとも感じていなければ、お客さんに楽しい体験を提供することなんてできませんから。本部はあくまで店長を助けるポジション。本部が威張っているようではダメです。
さらに、『ジョナサン』では店長の独立支援制度も立ち上げました。文字通り、「店では店長が社長」という思想を追求した結果ですね。私が経営していた時代には、『ジョナサン』の「楽しい店」づくりの思想を受け継いでくれた人材が次々と誕生し、約30人の店長が独立を果たしています。この仕組みや考え方は、『高倉町珈琲』でも変わらず実践していますよ。
―横川さんが『高倉町珈琲』を通じて実現したいことはなんですか。
「楽しくて健康」という理想は、まだ完成していません。ですから、もういちどその価値観を追求したいのです。もちろん、時代とともに楽しさや健康の中身も変わっていく。それをいまの時代に求められる姿で実現していくのが、これからの仕事だと思っています。
30年にわたる同志たちが夢を引き継いでくれる
―詳しく教えてください。
これからは、外食に限らず家庭でも、健康で安全でおいしい食事がより求められてきます。でも、いまの添加物に無頓着な加工食品ばかりでは、そのニーズは満たせない。外食産業として、お客さんが来てくれるのを待つだけではなく、こだわりの食事を家庭でも楽しんでもらう工夫が必要です。たとえば、いま進めているのが冷凍食品や加工食品の開発です。経済的な負担がなく、家庭の調理器具で手軽に安全で健康なレストランの味を再現できれば、それはいままでにない価値だと思うんです。また、提供する場所は店舗内に限る必要はない。ネット販売で全国に提供することも可能でしょう。ゆくゆくは、『高倉町珈琲』のこだわりの食事で、家庭の冷蔵庫をいっぱいにすることが夢ですね。それができたとき、「日本でいちばん」の外食チェーンになれるはずです。
―夢は大きいですね。
きっと、私が生きているうちには叶わないかもしれませんね。でも、心配ありません。『高倉町珈琲』には、『すかいらーく』や『ジョナサン』で30年近く理念を共有してきた同志が多く参画してくれています。私がいなくなっても、理念の追求が止むことはありません。この人材こそが、私の経営人生にとってもっとも大切な資産といえるかもしれませんね。