業務に活かせない研修など無駄
―人材を育成したいが、教育研修の成果があがらないと悩む経営者は多いです。なぜでしょう。
理由は大きく三つあります。第一の理由は、研修の目的や対象が明確になっていないこと。人材育成がうまくいかない企業では、「?年目研修」のように、業務に関係なく階層別に汎用的な研修が設定されているケースが多く見受けられます。多数の対象者に当てはまる研修をしても、内容の抽象度が高まり効果は薄れるばかりです。ビジネスでも全員のニーズを同時に満たす商品サービスなんてないですよね。
第二の理由は、その研修内容の抽象度が高まることで、結果として学んだことを現場で活かせなくなることにあります。研修内容と現場の実務を密接に接続できなければ、学んだ知識やスキルを業務で活かせず、研修自体が無駄に終わってしまいます。
―第三の理由はなんですか。
継続的なフォローアップがないことです。人の行動は、一度きりの教育機会で変わるものではありません。定期的なフィードバックを通じて修正行動を繰り返すことで初めて、行動の変化を定着させることができます。従来の研修では、この育成においてもっとも重要な「定着のプロセス」を現場のOJT任せにしているケースが多いのですが、残念ながらOJTが十分に機能している企業が少ないのが現状です。
―会社の成長を担うリーダーを育成するには、どうすればいいでしょう。
前述したことに沿って言えば、まずは自社のリーダーに必要な要件を具体化して優先順位を決め、対象者を絞り込み、その目的に特化した教育を施すべきです。そしてどんな高度な教育を受けたとしても、それが仕事で実践されないと意味がないので、実務に適用しやすいプログラムや、その後の継続的なフォローアップまでを含めた教育の全体設計が欠かせません。
たとえば当社のリーダーシップの定義は、「ゴールを描いて、周囲を巻き込んで、実現まで導く」としているので、その定義に基づいて各プログラムを構成しています。この定義では、リーダーには年齢や役職に関係なくなれるとしているので、新入社員か管理職かは関係ありません。そして、学んだことを現場で実行するまでのプロセスを一貫してコンサルタントが隣で伴走して支援する手法をとっています。
リーダー育成に必要なのは隣で助言をくれる伴走者
―プロセスを詳しく教えてください。
まず当社では、リーダーに求められるスキルを研修でインプットします。プログラムは、現場での業務との接続を重視しているので、内容を詰め込みすぎず、できるだけ現場のリアルな課題を踏まえたケーススタディを作成しています。そして次のステップでは、実際に学んだことを現場で実践してもらいます。たとえば、マーケティングや問題解決、マネジメント等のスキルを実際に自分の業務で活用してもらうのです。
そのアウトプットに対してコンサルタントが一つひとつ丁寧に質問しながらフィードバックすることで、考え方のズレを修正し行動を改善していく。これを個別面談で繰り返し行っていきます。このPDCAを丹念に繰り返していくことが教育となり、成長につながるのです。学ぶスキルは同じでも、各人の業務内容は千差万別。それらをうまく自分の仕事に適用してもらうには、Off-JTの場だけでは限界があります。継続的な個別対応によって、初めてどう活用するかが腹に落ちてくるのです。
―解を与えるのではなく、自ら考えさせながら定着させる手法なのですね。
そのとおりです。ただし、このアプローチの難しいところは、コンサルタント側に人材育成の視点にくわえ、事業的な視点も求められることです。通常の研修講師は、「教えるプロ」ではあっても、実務に入り込んだアドバイスをする経験はあまりありません。一方、戦略コンサルタントの場合はその逆で、事業視点は強いのですが、人材育成の視点が弱くなりがちです。その点、当社には両者が共存しています。これらの人材リソースがあって、初めて可能なアプローチだと考えています。
―リーダー人材の育成に悩む経営者にアドバイスをお願いします。
会社の成長を担うリーダー人材は、経営者ならだれでもほしいもの。ですが、そうした人材は、機会の提供による現場経験とフィードバックの地道なPDCAがなければ生まれてきません。その際に必要なのは、ゴルファーを隣で支える卓越したキャディーのように、間近で助言を与えられる伴走者の存在です。私たちはその伴走者としての支援を行っていますので、人材育成にお困りの経営者の方はぜひお気軽にお問い合わせいただければと思います。
2010年1月の破たんから2年8ヵ月を経て再上場し、再建を果たした日本航空(以下、JAL)。同社が再建の課題のひとつとして着手したのが、マーケティング改革とその改革を担う中核人財の育成だった。その取り組みを支援したのがフィールドマネージメント・ヒューマンリソース(以下、FMHR)であった。ここでは、FMHR代表の小林氏とともに、一連の取り組みで中心的な役割を果たしたJAL路線事業企画部の松尾氏に、取り組みの概要と成果を聞いた。
「世界で一番お客さまに選ばれ愛されるエアライン」を目指して
―JALがFMHRのプログラムを導入した経緯を教えてください。
松尾 もともとの出会いは、2012年8月。経営破たん時の反省のひとつとして、「これまで我々は本当にお客さまと向き合えていたのだろうか」ということがありました。ともすれば供給者目線に陥りやすい中で、顧客起点のマーケティングの実現を目指して、マーケティング改革に着手しました。その際に支援していただいたのがFMHRでした。
小林 マーケティング改革を実行するにあたり、当時、JALが一番大事な条件として掲げていたのが、「自走化」でした。外部の専門家がマーケティング戦略を策定して、「はい、どうぞ」と提供されるだけでは意味がないと。「社内でしっかりと新戦略を回せる組織・人財も同時につくるのでなければいけない」ということを強く感じましたね。
―具体的にどのような取り組みを進めたのですか。
松尾 まずは、今後のJALのマーケティング戦略を担う中核となる人財を育成するために、マーケティングの基本的なメソッドや考え方などを理解するプロジェクトを立ち上げました。メンバーは事業計画、商品・宣伝企画といった業務との関連性が強い部署だけでなく、販売や現業部門など部門横断的に40名を募り、1年間50週×2時間のプロジェクト形式の教育を重ねました。
プロジェクトでは、マーケティングの一般論を外形的に理解するだけでなく、実際に我々が抱えていた課題を解決することを目指しながら、その過程で知識・スキルを身につけていきました。教育で学んだことを踏まえ、実際の各自の担当業務に当てはめた実践的な課題が教育の終わりに毎回出されます。その課題に対する各自のアウトプットが正しいか、スキルに対する理解にズレはないかをコンサルタントにチェックしてもらいながら、気づきを深めてスキルを身につけていくのです。いわば戦略コンサルタントがマーケティング戦略を策定する作業そのものなのです。それを隣でFMHRに伴走してもらいながら、時間をかけていっしょに実践したようなものですね。
小林 私たちが大事にしていたのは、毎回出す課題を「いかに実務と接続させるか」という点。「自走化」を念頭に置く取り組みでしたから、現場でスキルを活用するイメージをつねにもってもらうことが重要でした。そのため、各自の仕事や課題を細かく把握しながらケーススタディを設計しました。
40名から始まった取り組みは全社へ「浸透」、そして「深化」へ
―このプロジェクトにどのような効果を実感していますか。
松尾 供給者目線ではない顧客起点の徹底だけでなく、マーケティング戦略に再現性、安定性が生まれましたね。教育では、一つひとつの調査や事象をどう理解し、どう戦略に落とし込むか。その考え方を、マーケティング理論をもとに言語化していきます。そのため、なぜそのような戦略になるのか、メンバーが共通の言語のなかで理解し、議論できます。そこには、「なんとなく、イケてる」といった属人的な感覚や偶発的な要素が入り込む余地はありません。
また、プロジェクトの成果としては、PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)の存在も忘れてはなりません。PMOとは、社内でマーケティングに関する課題を集め、FMHRのコンサルタントに助言を求め、ディスカッションを重ねながら解決を目指す機関です。担っているのはプロジェクトにもっとも深く関与したマーケティング部の人財です。このPMOの活動をみると、まさに当初企図した「自走化」が実現されているのがわかります。
―航空会社は巨大な組織です。プロジェクトの効果をどのように広く浸透させていったのですか。
小林 50週にわたる最初の教育が終了した後、抜粋版の基礎教育も準備し、広く継続的に行いました。現在までに受講者数は延べ2000名にのぼります。これらの人財がJALのマーケティング改革を担っているのです。
松尾 さらに現在は、プロジェクトの「深化」を図る段階に入っています。最新の教育では、「特定座席の販売を強化するための戦略」といった、現在進行形の事業課題に対する戦略を策定する高次の課題に取り組んでいます。
振り返ると、FMHRとのプロジェクトは航空会社という巨大組織を大きく変革する起爆剤となっていることに気づきます。マーケティング戦略を学ぶことが、社員の意識変革をもたらし、全社ベクトルを合わせる求心力として働いています。それが、なによりも大きなプロジェクトの成果だと感じています。