―堀さんはハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)でMBAを取得後、1992年にビジネススクール事業を行うグロービスを設立。2006年にはグロービス経営大学院を開学し、現在は学長も務めています。堀さんが考える「経営者に必要な能力」とは何ですか?
堀:大きく分けて3つあります。1つ目が「知識・フレームワーク」。これはマーケティング、ファイナンス、アカウンティング、オペレーション管理、人的資源管理など、分野ごとにパッケージ化された基本法則のこと。囲碁の世界で言う"※定石"にあたります。囲碁には先人の過去の戦いの中で蓄積された"定石"があり、それらを知らなければ勝負に勝つことはできません。それは経営においても同様なんです。
2つ目が「考える力」。これは経営の本質を見極め、最善の解を導き出す力のこと。経営の本質を見極めるためには、複雑かつ不確実な"経営という化け物"を多面的に捉え、統合的に理解しなければいけません。そのために先ほど申し上げた様々な知識・フレームワークを総動員します。そして、正確な状況判断、問題発見をした上で、最適な意思決定を行うわけです。
3つ目が「伝える力」。これは自分の考えや自社のビジョンを人のハートに訴えかけられる力のこと。経営者は複雑かつ多様な人々のいる組織を、ひとつのベクトルに統一しなければいけません。そのためには自らの考えを構造化・簡素化し、効果的に伝える必要があるわけです。
―どうすれば、それら3つの能力を伸ばせるのでしょうか?
堀:繰り返し反復練習することです。何回も繰り返し練習すれば、誰でも必ずある一定レベルにまで能力を伸ばすことができます。本来、人間は生来の能力差なんてほとんどありません。「能力がない」のは「努力をしていない」とほぼ同義だと思います。そして、ここで大事になるのは時間配分です。どの能力を伸ばすために時間を使うのか。時間は、みな平等に与えられています。その限られた時間をいかに有効活用できるか。そこがポイントになります。
ちなみに私はゴルフをやりません。ゴルフに時間を割くよりも、その代わり読書に多くの時間を割いています。これは私流の時間配分です。読書は知識の習得だけではなく、自分の人生観、歴史観を深める助けにもなりますからね。
―そもそもMBAこそ、「経営者に必要な能力」を効率的に身に付けられるプログラムですよね。
堀:そうですね。実際、グロービス経営大学院ではケース・メソッドという学習法を使って、先程の3つの能力を効率的に伸ばしています。ケース・メソッドとは、自分たちが経営者であると想定して、実際の企業事例をもとに経営判断の疑似体験をする学習法のことです。具体的には、150~200のケースを取り上げて、その経営環境を細かく分析し、とるべき戦略、意思決定についてディスカッションします。この過程で「知識・フレームワーク」を活用し、「考える力」を養うわけです。また自らの考えを積極的に発言することで、「伝える力」も磨かれていきます。このケース・メソッドを150回以上も繰り返し行うことで、3つの能力を確実に伸ばすことができます。
ただし、自己の能力向上が経営者の最終目標であってはいけません。最終的に一番大事なのは、経営者が成し遂げたい"志"です。ここがしっかりしていないと、本末転倒になります。そのためグロービス経営大学院では能力向上だけではなく、志の育成にも力を入れています。
投資先企業の経営者へのアドバイスとは
―グロービス・グループはベンチャーキャピタルでも成功しています。これまでにアーリーステージのワークスアプリケーションズ(以下、ワークス)やグリーなどに先行投資を果敢に行い、彼らは見事IPOを果たしました。堀さんは投資先企業の経営者に、どのようなアドバイスをしているのですか?
経営者の状況によって様々ですが、一貫して伝えていることは次の3つです。1つ目は「人材の能力開発」。経営者を含め、一人ひとりの人材の能力を積極的に向上させていくこと。そうすれば組織力も向上します。やはり企業成長の源泉は人材力にあります。
2つ目は「広く高い視点で考えること」。経営者は小さいことだけでなく、大局的な視点で物事を考えるべきです。そうでなければ、大胆な経営戦略も実行できない。局所的な視点に立った中途半端な戦略は、だいたい失敗します。
3つ目は「なるべく事業分野を絞ること」。成長意欲にあふれた起業家ほど、いろんな事業をやりたがる。しかし、創業期のベンチャー企業が多くの事業にチャレンジすると、たいてい失敗します。創業期は1つの事業に徹底的にリソースを集中すべきです。たとえばワークスは、今でこそ人事系ERP(統合基幹業務システム)パッケージで国内No.1のポジションを確立していますが、創業期は人事系ERPパッケージ以外にも事業領域を広げようとしていました。その動きを知った私は「やめるべきだ。1つに絞った方が良い」とワークスの経営陣に率直な意見をぶつけました。そして、彼らは事業分野を人事系ERPパッケージだけに絞ることを決断。その後、ワークスは順調に事業を伸ばし、2001年には見事IPOも果たしました。
―堀さんは1989年にHBSへ留学し、90年代前半のアメリカ経済を間近で見つめてきたと思います。近年のアメリカの“金融資本主義”、および今回の大不況をどのように捉えていますか?
大不況の原因は、資本主義が持つ価値観の中にあると思います。アメリカでは金融マンだけでなく、経営者、コンサルタント、プロスポーツマンなどのプロフェッショナルワーカーは、自身の能力と自身の金銭的報酬が比例すると考えてきました。金銭的報酬の多寡が彼らの“絶対的なものさし”になっていたんです。そして、金融マンたちは自分たちの能力の高さを誇示するため、あらゆる手法を駆使してお金儲けを追求した。その結果が今回の大不況だと捉えています。
―今回の大不況は起こるべくして起こったと。
そうですね。彼らの価値観を簡潔に言うと、「お金を儲けた人間こそが偉い」ということ。たとえば経営者の場合で言えば、最も重要な責務は自社の時価総額を最大化させ、株主に報いることだとされたわけです。だから、そのリターンとして経営者が莫大な金銭的報酬を得ることは当然とされました。株主だけが儲かって、経営者が儲からないことはあり得ない。そう彼らは考えた。
私自身もHBSの留学中は、その価値観の中に浸かっていました。実はHBSの卒業式の日、あるクラスメイトと1ドルの“賭け”をしたんです。これから、どちらの人生が成功するかって。その成功の基準とは、それぞれの個人資産の金額だったんです(笑)。
―その成功の基準に、当時の堀さんも納得したわけですね。
それが当時のHBSの価値観でしたからね。経済誌などのMBAランキングでも、卒業生の年収がMBAの評価要因になっていましたから。しかし、私は日本に帰国してから、この価値観に疑問を抱くようになりました。本当にお金だけが成功の基準なのかと。
その後、私はマンションの1室からグロービスを始めました。起業後、様々な困難にぶつかりましたが、一番の収穫はお金よりも大切な価値があることに気づいたことです。たくさんの人に支えられる中で気づいたんです。自分の使命とは何であるかと。それが、現在の当社のビジョンである「アジアNo.1のビジネススクール」を創ることでした。
もし私がクラスメイトとの1ドルの賭けに勝ちたかったら、グロービスを無理やりにでもIPOさせればよかったと思います。おそらく創業者として莫大なキャピタルゲインも得られたでしょう。しかし、私はIPOしない決断をしました。むしろ、“株式会社”立であった経営大学院を学校法人化しましたので、社会に寄付をしたことに等しい。でも、そのおかげで名実ともにアジアNo.1を目指す体制が整いました。
これからの世界経済の展望とは
―これからの世界経済の展望を聞かせてください。
景気循環の大きな波は資本主義のメカニズムのひとつです。したがって、この大不況もしばらくすれば沈静化して、再び景気が回復するでしょう。
また、人間は学習する生き物です。同じ失敗を繰り返せば、次第に学んでいきます。これから社会がもっと成熟すれば、今回ほど極端に景気の波も振れなくなるかもしれません。近年、NPOや社会起業家が増えているのも、お金儲け以外の価値観を持った人が増えている証だと思います。グロービス経営大学院が目指しているのも、お金儲けのみを目的とせず、ビジネスを通じて社会の問題を解決する経営者を育成することです。当社はそのような人を“創造と変革の志士”と名づけて、その育成に力を注いでいます。
―現在、大不況が日本を直撃しています。最後に経営者へアドバイスをお願いします。
不況時のアドバイスは3つあります。1つ目が「変化に適切に対応すること」。企業経営は航海に似ています。海の風向き、つまり経営環境は日々刻々と変わる。船長はその風向きに合わせて、帆を動かさなければなりません。たとえば1兆円の利益をあげていたトヨタさえも、風向きを見誤りました。わずか1年前は正解とされていたトヨタの拡大路線が、ある時期から不正解に変わったんです。ですから、経営者は朝令暮改を恐れず、自社を素早く変化させるマインドを常に持つべきです。
2つ目が「自社の進むべき道を明確に示すこと」。不況時は人心が乱れやすい。そのためリーダーが自社の方向性を明確に示して、組織の結束を固める必要があります。経営者が自信を持ってメッセージを発信すれば、会社が内部から崩壊することもないでしょう。
3つ目が「この不況をチャンスと捉えること」。100年に1度の不況は、100年に1度のチャンスでもあります。変化が激しい今こそ、多くの中小・ベンチャー企業にチャンスが生まれます。なぜなら、これまで圧倒的優位に立っていた大企業の基盤が揺らぐからです。中小・ベンチャー企業の経営者は自社のリソースを正確に把握して、それを最大限に有効活用する戦略を徹底的に考えてください。
また、現在ほど改革を断行しやすい時期はありません。なぜなら好況時に改革しようとすると、社内から異論が噴出するからです。「儲かっているんだから、このままでいいじゃないか」と。現在の大不況は、自社を大胆に変化させる絶好のチャンスです。経営者がチャレンジを楽しむ姿勢を持てれば、会社も良い方向に進むでしょう。