―御社は2007年3月期連結で過去最悪の経常損失を計上しましたが、今年3月期では売上高、経常利益ともに2005年3月期連結とほぼ同水準の決算となりました。業績回復の理由を教えてください。
大久保:それまでのハードの卸売りから、保守・サポートサービスを統合し、お客さまの経営課題解決を付加した総合ITコンサルティングサービス(以下、アイコン)にビジネスモデルを転換。着実に利益が積みあがる体質になったからです。経常損失を計上した2007年3月期までの主力事業は、創業事業であるビジネスフォンを中心に、複写機などOA機器の販売、IP電話サービスなど。市場の成熟化と競争激化により、販売・導入後の保守・サポートに注力して差別化を図っていました。そこをさらに強化し、経営ソリューションに踏み込んだのがアイコンです。具体的には個人情報保護士※、ドットコムマスター※などの有資格者である当社情報通信コンサルタントが顧客企業の経営上の悩みをヒアリング。当社やグループ各社をはじめ、弁護士、税理士、会計士、ファイナンシャルプランナーなど、社外の専門家とも協力して最適な解決策を提供します。カンボジア、ベトナム、ミャンマーなどのASEAN進出も支援しています。
―物販と経営ソリューションでは、事業領域に大きな隔たりがあります。なぜ、そうした大胆な業態転換を成功させることができたのですか。
大久保:創業時から掲げてきた「社員は家族」との想いを貫き、苦しくてもリストラをしなかったからです。2007年3月期から2期連続で経常損失を計上したときは、投資家やマスコミなどの社外から、リストラを求める強い風圧を受けました。だけど、私にはそんな考えは毛頭なかった。なぜなら、創業時から「社員のクビは絶対に切らない」と言い続けてきたから。あの時、約束を破ってリストラを行っていたら、復活はなかったでしょう。
―安易なリストラは別として、経営トップは組織の生き残りを図るため、ときに非情な判断を迫られる場合もあるのではないですか。
大久保:それは否定しません。しかし、経営者はいったんかわした約束を反故にすべきではない。それは、社員に対する裏切り行為だからです。もちろん、物販から経営コンサルティングへの業態転換は、簡単ではありませんでした。それまでは営業が中心だったのに、業態転換で積み重ねてきた成功ノウハウが通用しなくなり、苦しむメンバーもいました。そうした壁を社員たちが打破できた原動力は、私を信用し、本気で挑戦してくれたからにほかなりません。もし家族主義の旗を降ろし、リストラを行っていたら、社員は私を信用しなくなり、会社の生き残りをかけた業態転換に誰も真剣に挑戦してくれなかったでしょう。どんな困難があっても経営者は約束を破らない、社員を裏切らない。それが事業を継続させる土台のひとつです。
―そのほかの継続経営を可能にするポイントを教えてください。
大久保:社会性・独自性・経済性です。重要なのはこの順番。すべての原点に「社会をよりよくしたい」という使命感があり、それを実現するためのビジネスモデルに独自性をもつ。そして、最終的に継続できる経済性を確保することです。この順序を間違えてはいけません。ところが多くの人は儲かるかどうか、経済性を最優先しがちです。儲けが目的になると、人件費や商品・サービスへの投資は単なるコストに化してしまうため、長続きはしません。うまくいっているうちはよくても、外部環境の変化など逆風が吹けば、固定費削減と称してすぐリストラを行ったり、商品・サービスへの投資の切り詰めに走ってしまうからです。それでは有能な人材から会社を辞めてしまい、商品・サービスの陳腐化が加速します。その結果、ヒト・モノといった経営リソースが弱体化。手のほどこしようがなくなります。経済性を最優先した経営は逆境にもろく、かえって継続経営を困難にするのです。また、会社の持続的な成長には人材の育成も欠かせません。人材育成は、経営者にとって大きなミッションです。
※個人情報保護士:財団法人全日本情報学習振興協会が認定している民間資格。「個人情報保護法の正しい理解と安全管理に関する体系的な理解」および「企業実務において個人情報の有効活用や管理・運用を行うことのできる知識や能力」をもつ人材を認定する
※ドットコムマスター:NTTコミュニケーションズが認定している民間資格。社会で必要なIT知識を特定分野に偏らず、基礎から体系的・網羅的に身につけている人材を認定する
―御社では、どのようにして人材を育成しているのですか。
大久保:私は「人材は、かけた時間に比例する」と考えています。外部講師を招き、何回かの研修を受けさせただけで人材が成長するなんてありえません。ですから、たとえば当社では、新卒入社の最初の1年間はすべて研修期間。社会人としての基礎やプロの仕事人としての〝在り方〟の基本をじっくり学んでもらい、2年目にそれぞれの部署に正式配属しています。人材を育成するには、〝やり方〟をいくら教えてもダメ。大切なのは、在り方です。木にたとえると、在り方は幹で、やり方は枝葉。どれだけ見栄えのよい枝葉でも、太くてがっしりした幹がなければ、ちょっとした天候不順に見舞われただけで枯れてしまいます。会社経営は困難の連続、天候不順が常態です。職業人として、あるいは人としての在り方を明確にしたうえで、やり方を考える。そうすることで自然に目線が一歩先に向かい、困難を打破できる人材が育ちます。
―在り方とは、どういうことですか。
大久保:人間として、経営者としての使命のようなものですが、それを説明するのは難しいですね。そこで私は、言葉で教えるのではなく、自分の生きざまを見せることで在り方を伝えています。たとえば、中島(將典氏)を私の後継社長にした際には、社長交代の2年ほど前から、社内の会議はもちろん、得意先との会食、業界の集まりなど、いつも一緒に出かけ、私の仕事のすべてを見せました。社長の仕事のやり方を教えるのではなく、この会社の社長としての在り方を肌で感じてほしかったからです。その2年間は、幹が太く育つのを待つ時間で、「人づくりは忍耐だ」と改めて認識させられましたね。しっかりした幹を備えた人材を育成するには時間がかかります。私の代は人材づくりで終わるでしょう。その後は次の世代に託し、会社を大きく育ててくれればいいと思っています。
―社員を裏切らないという信念も、人間として、また経営者としての在り方のひとつなのですね。
大久保:そうですね。在り方をまっとうし、事業を社会性・独自性・経済性の順番で考える。そして、人材育成に時間をかける。こうした文化が組織の血肉となって伝承されていくことで、100年続く会社になれるのだと思います。カンボジアをはじめとする東南アジアでの教育支援も、まったく同じ精神で行っています。
―なぜ、東南アジアでの教育支援に力を入れているのですか。
大久保:人口減少期に入り、国内マーケットが縮小する日本は、人材の面でも経済の面でも海外との協力が必要。なかでも、大きな伸びしろがあるASEANとの連携が大切だからです。しかし、ASEANでは教育インフラが整っていない国が多く、人材を育てようにもその環境がない。そこで、公益財団法人CIESF(シーセフ)を通じ、日本語学習をカリキュラムに組み込んだ教育を無償で提供する職業訓練校を運営しているのです。まずカンボジアから開始しましたが、いずれ教育インフラを必要としているASEAN各国にこの輪を広げていきたいですね。そして、ここの卒業生には、将来、日本とASEANをつなぐ架け橋になってほしい。根底にあるのは、ASEANの人材を必要としている日本企業も、現地の社会も、みんなが幸せになれる環境をつくりたいという想い。時間はかかりますが、それも私の使命のひとつです。
―最後に、継続経営をめざす中小・ベンチャー企業の経営者にメッセージをお願いします。
大久保:「自分のやっていることは正しい」と信じ、先頭に立って旗を振り続けてほしいですね。辛抱強く、あきらめない強さを持ち続ければ、克服できない壁はありません。私は「まず動け、道はそこから拓かれる」という言葉を自分の指針としています。経営者としての使命感を大切にし、創業精神を忘れずに挑戦を続けていけば、どんな困難に直面しても継続経営への道は必ず拓かれるでしょう。