―ファンケルは後発・小資本で「化粧品」という成熟産業に参入しました。なぜ大手化粧品メーカーをおびやかす存在にまで成長できたのですか。
池森:既存の大手メーカーから相手にされないような、変わった事業を始めたからです。化粧品という商品は、きれいな容器に詰めてカッコよく見せるものでした。そこに、いきなりアンプル容器に入った商品を発売したので、売れるわけがないと。無添加なので小さな容器に入れざるをえず、お客さまには「開封したら1週間で使いきってください」と説明していました。業界の常識では、これが化粧品だなんて考えられない。おかげで10年間ぐらい相手にされなかったので、無風状態のなかを独走できたのです。また、当時は「ダイレクト販売」と呼んでいましたが、化粧品を通販で売るという手法も非常識。こういった独自のコンセプトがあたりましたね。
―池森さんは化粧品業界や通販業界での経験がありません。どのようにして新しいコンセプトを思いついたのですか。
池森:「必要は発明の母」というでしょう? 会社員時代、家内が化粧品で肌荒れを起こしたことが興味を持ったきっかけです。皮膚科の先生に聞いてみると、化粧品には防腐剤、酸化防止剤、殺菌剤、香料、色素などの添加物が入っていて、これらが肌を悪くしているという。じゃあ、添加物を入れなければいいんじゃないか。そう単純に考えました。添加物を入れないと化粧品は痛んで腐りますが、未開封であれば1ヵ月はもつ。だったら、すぐに使いきれるように小さなアンプル容器に入れて、密封してお届けすればいい。これも単純な発想ですよ。
―常識にとらわれずにシンプルに本質を考えた結果、斬新な商品が生まれたわけですね。
池森:ええ。業界の人からは「化粧品は女性に夢を売る商品だから、こういう容器では買ってもらえない」なんて、否定的な意見ばかり。でも、この容器がセールスマンになってくれましてね。「なんで、こんなに小さいの?」「防腐剤が入っていないから」「じゃあ他社の化粧品には防腐剤が入っているの?」というように、宣伝効果を発揮したわけです。
―中小・ベンチャー企業が年商10億円や30億円の壁を突破するのは容易ではありません。なぜ御社は50億円、100億円へと順調に業績を伸ばせたのでしょう。
池森:独自の市場を創り、設立から10年間で「無添加のファンケル」というブランドを確立させたからです。当時は北海道から沖縄まで全国各地で4ヵ月に1回、大量のチラシをまきました。これで会社の規模が小さくても、消費者のみなさんに名前を浸透させることができたのだと思います。あとで他社も参入してきましたが、「無添加」というカテゴリーで当社はトップブランド。ファンケルの化粧品は安心・安全だから、肌の弱い人は使ったほうがいい。そんな評価が定着したのです。
―昨年に池森さんが代表に復帰して以来、シンガポールと台湾での小売事業の撤退、銀座旗艦店の改装など、多くの改革に着手しています。どのような基準で打ち手を判断しているのですか。
池森:将来の芽が出そうになく赤字を垂れ流している事業や、本道から外れている業務はやめる。新規事業は本業を傷つけない範囲で投資する。実際、これまでに立ち上げた新規事業のうち、4割くらいは撤退しています。「見切り千両」といいますが、撤退の見極めは上手だと思いますね。銀座旗艦店の場合、当初は改装を社外の業者に全面的に委託しようとしていましたが、それでは社員が育ちません。委託先に違約金を支払って、改装の企画からすべて社員にやらせました。専門家にまかせるというスタンスを改めて、自分たちの頭で考えようよと。これは社員教育だけでなくコスト削減にもなります。実際、コストは5分の1になりました。
―コスト削減を進める一方、御社は店舗スタッフのベースアップを実行しました。多くの企業が賞与の増額にとどまっているなか、これは難しい判断ではありませんか。
池森:難しくなんかないですよ。私が復帰したとき、以前に比べて店舗スタッフの質が落ちていたので、給与を月額2万円ほどアップしたのです。安月給ではモチベーションが上がらないし、いい人材も採用できない。スタッフには「自分を研鑽するために2万円を使いなさい」と話しています。店舗展開を始めた当時は、ノルマを設けず、スタッフはお客さまのためだけを考えて働くように伝えていました。でも私の引退後にノルマに近いような数字が設けられたため、店舗スタッフの離職率も上がっていたのです。そこでノルマを廃止して、2ヵ月間の研修を実施しました。すると、店舗スタッフも気持ちが安定して離職率が低下。売上も回復して計画値を上回っています。
―人材育成の考え方を聞かせてください。
池森:会社づくりは人づくり。当社の傾いた業績を立て直すには、人材を根本から教育し直すしかありません。そこで昨年6月、全従業員を受講対象とした「ファンケル大学」を設置。半年で約3,000人が受講しました。もう一度従業員の自信を取り戻させるために、マインド教育から始めています。当社には若い社員が多いのですが、経営者が進むべき方向性と戦略を明確に示してこそ、人材は育っていく。この1年弱で社員たちも走っていく方向性がわかってきたのではないでしょうか。
―幹部向けの「池森経営塾」では、どんな教育をしているのでしょう。
池森:経営塾の目的は、次世代の社長候補を輩出すること。他社の事例をテキストにして自分ならどう考えて行動するかを演習したり、外部の経営者をお招きして社員の育成について話していただいたりしています。また、私とのディスカッションも内容のひとつ。参加者たちに「経営やマネジメントで悩んでいることがあったら、すべて私が回答する」とうながし、経営の判断軸や着眼点などを教えています。
―経営判断として、事業継続のために「変えるべき部分」と「変えてはいけない部分」はどこですか。
池森:当社の場合、安心と安全を守ること、お客さま目線で物事を考えること。この2つは絶対に変えてはいけません。その一方、商品は時代のニーズに合わせてどんどん変えていきます。たとえば、日本人の死因の約25%は心筋梗塞や脳梗塞など、血管のつまりが原因です。当社は10年におよぶ研究から血管の健康を保つという希少成分「PSG」を発見し、「発芽米パワーPSG」という商品を昨年発売しました。いまは認知症、脳卒中、糖尿病などの患者が増えている時代なので、それに対応する新しいサプリメントを開発しており、サプリメントを通して日本を元気にしていきたいと考えています。そのためにも研究所を増床して研究員も50名ほど増員し、革新的な研究を一層強化していきます。さらに、時代がどう変わるかではなく、時代をどう変えるかが重要です。"変える側"にまわるのが、ファンケルのベンチャースピリット。無添加化粧品やサプリメントは時代を変えたと自負しています。
―大切にしている経営哲学を教えてください。
池森:私は人間が大好き。人の不幸をみていられません。暗い顔をした社員がいたら肩を叩いて「なに悩んでいるんだ?オレに相談しろよ」と声をかけます。社員一人ひとりが愛おしいんです。だから「人間大好き」が私の経営哲学ですね。
―最後に、中小・ベンチャー企業の経営者に対してアドバイスをお願いします。
池森:お金を儲けるためではなく、人を幸せにするために商売をしてください。この原点に立ち続けていると、いつしかお客さまが応援してくださるようになります。私が復帰したときも、多くのお客さまから激励の手紙をいただきました。人を幸せにするという原点を忘れると、どんな事業もうまくいかないと思いますね。