―まず日本経済の今後の展望を聞かせてください。
大前:はっきりしているのは、「もう日本経済は成長しない」ということ。日本経済の衰退が始まって、すでに20年が経ちます。この間、国民の金融資産も家計所得も減り続けている。こんな状態は他の先進国でもありません。たとえば、アメリカやイギリスは家計所得が20年間で250%に増えています。一方、日本は88%に減少している。つまり、日本だけが特殊な状況に陥っているんです。しかし、このような「悲劇的な状況の真っただ中にいる」という認識を経営者が持っているでしょうか?もう成長はない。景気も良くならない。この大前提から出発して、自社の生き残り戦略を描くしかありません。もし「いつか景気が回復する」なんて期待していたら、経営者失格ですよ。
―もう日本経済は成長しないとすれば、中小企業はどのような戦略で生き残ればいいのでしょうか?
大前:生き残りの戦略は「国内」と「海外」に分けられます。まず国内だけで戦う場合、高度経済成長期の発想から脱却しなければいけません。高度経済成長期の発想の最たるものは、多額の投資をして自社ですべての設備や機能を揃えることです。たとえば、大田区には機械加工の中小製造業が多い。そして、各企業が同じような工作機械を購入し、保有している。でも、それがムダな投資なんです。どの企業も、機械を24時間365日ずっと使っているわけじゃない。だから、大田区全体で最新鋭の機械を❝共有❞すればいい。機械の使用状況やスケジュールはインターネットを通じて共有し、空いている時間に作業を入れる。つまり、数十社の中小企業が集まって、大企業並みのバーチャル機械センターをつくるわけです。そうすれば、各企業が設備投資する必要もなくなります。また、人員も他社の人を使わせてもらえばいい。その結果、大幅にコストが削減でき、国際競争力も高まります。
―そのような手法は、製造業以外の企業にも有効なのでしょうか。
大前:ええ。製造業だけでなく、小売業やクリーニングなどのサービス業でも応用できます。いままでライバルだと考えていた企業と協力し、設備やノウハウ、人材を共有する。中小企業の経営者は、こういう発想の転換をすべきです。もし具体的な方法がわからなければ、わかる人に任せればいい。たとえば、❝共有❞という概念は、若者の方が深く理解しています。スケジューリングだって、スマートフォンで簡単にこなす。だから、自分の息子や新卒社員にやってもらえばいいのです。
―なるほど。国内の生き残り戦略は「共有によってムダを省く」ということですね。では、海外での生き残り戦略を教えてください。
大前:まず前提として、先進国は少子高齢化が進行し、長期的衰退へと向かいます。ところが高齢化が進んでいるがゆえに、年金、貯金、保険などの運用資金が余っている。だから、先進国の巨額のお金がリターンの大きい投資先を探して、世界中を駆け巡っているんです。この❝ホームレスマネー❞が約4,000兆円もあり、その多くが新興国に投資されています。ですから、これから多額のホームレスマネーが流れる新興国を先読みし、いち早く進出すべきです。
でも、これから新興国も大変ですよ。インフレ、金融引き締め、バブル崩壊が起こる。つまり、日本と同じ道をたどるわけです。ただし、新興国が昔の日本と大きく違う点は、国民の平均年齢が若いこと。若者の多い国は、バブルが崩壊しても甦る力を持っています。特に国民の平均年齢が25歳~30歳で、人口が5,000万人以上の国は潜在能力が高い。そういった国を選び、進出すべきでしょう。
―中国は有力な進出先ですか?
大前:いえ、もう遅いですね。インドも欧米企業が大挙して進出しているので、遅いでしょう。ロシアは日本企業が少ないので、悪くない。もしヨーロッパ向けの事業をやろうと考えているなら、トルコ、あるいはルーマニアなどがいいでしょう。人件費の低いトルコやルーマニアを足場にして、ヨーロッパを攻めるわけです。こういったことを経営者が理解していないと、どの国に進出すればいいか分からない。だから、中小企業の経営者は土曜日にゴルフをするのはやめて、グーグルアースでも見るべきですよ。自宅から❝サイバー出張❞して、世界各国を研究すればいいんです。
海外進出を成功させるポイントとは
―海外進出を成功させるポイントを教えてください。
大前:進出も撤退も早く決断することです。日本企業は外国企業よりも進出が遅いので、儲けられない。さらに撤退が遅れて傷を負う。だから、早く進出して、早く撤退しなければいけません。そして、何よりも海外事業を任せられる人材が必要です。海外進出には20年かかります。だから、自分の経営者としての余命が20年ないと思ったら、優秀な若手幹部に海外事業を任せなきゃダメ。そして、長期的スパンでじっくり取り組ませる。もし数年ごとに担当者を変えたら、絶対にうまくいきません。
―しかし、多くの中小企業には海外事業を任せられる人材が不足しています。
大前:私が中小企業の社長だったら、留学生を10人ぐらい採用しますね。ポイントは、進出したい国の留学生を採用すること。インドネシアに進出したいなら、インドネシア人の留学生を採用するわけです。もちろん、日本語と英語も話せることが条件です。そんな優秀な留学生を5~10年トレーニングした後、彼らの母国に進出します。
―どうすれば、優秀な留学生を採用できるのでしょうか。
大前:学生時代から面倒をみれば、採用できますよ。実際、ある中小企業は留学生に一人あたり年間60万円の奨学金を出しています。留学生はアルバイトをせずに学業に専念できるから、大喜び。そうやって2年間だけでもサポートすれば、中小企業でも入社してくれるでしょう。日本人の学生を採用するために100万円かけるより、よっぽど投資対効果が高いですよ。
―すでに海外で成功している日本の中小企業はありますか。
大前:金型、機械、部品関係など、製造業ならたくさんありますよ。化粧筆やミシン針など、技術力の高いニッチ企業ですね。世界シェアを100%とっても数億円の市場。まさにグローバルな中小企業です。
―サービス業で成功している中小企業はないのでしょうか。
大前:ほとんどありませんし、今後も難しいでしょう。サービス業はシステム化しなければ、世界で通用しません。でも日本のサービス業は人に依存しがちなので、それができない。標準的な業務基準をつくりきれないんです。実際、日本で成功しているサービス業はほとんどアメリカ発のビジネスです。マクドナルドもセブン-イレブンも日本人が創意工夫したと言いますが、基本はアメリカでつくられた仕組みですから。
後継者の育て方とは
―海外進出を検討しているかどうかに関わらず、事業承継の問題を抱えている中小企業も多いと思います。どのように後継者を育てればいいのでしょうか。
大前:後継者の育て方は簡単ですよ。後継者候補を3人選んで、別々のミッションを与えればいいんです。「既存事業の売上を伸ばす」、「コストを下げる」、「新規事業を生み出す」、この3つです。新規事業を任せるのは、若手がいいでしょうね。そして、5年後に結果を検証し、最も優れた成果を出した人材に社長を任せる。もちろん人柄も考慮の対象になりますが、何より結果を出すことが肝心です。そして、残りの2人は経営陣に残し、自分は引退する。会長職などに残って、いちいち経営に口を出してはいけません。この引き際が肝心です。
―なぜ後継者候補が3人も必要なのですか。
大前:1人の人間が売上を上げて、コストも下げて、イノベーションまで起こすなんてムリ。だから、それぞれ3人に任せるのです。基本的に、既存事業を改善して伸ばしていく能力と、新規事業を創り出して突破する能力は別。すべての能力を兼ね備えているのは、よほどの天才か創業経営者ぐらいです。
―もし有力な後継者候補がいない場合、どうすればいいのでしょうか。
大前:モデルケースのひとつはラオックスです。つまり、外資に買収してもらう。多くの場合、外国企業の強みはスピードと資金力、日本企業の強みは技術と経験です。こういった互いの強みをうまく融合させれば、さらなる成長が可能になります。ちなみにラオックスの場合、外資に買収されていなければ倒産していたかもしれません。倒産して従業員を路頭に迷わせるぐらいなら、買収された方がよっぽどいい。ただし、相手企業を見極めなきゃダメですよ。まずは取引先として付き合って、「信頼できる」と判断した後、資本を入れてもらうべきです。
―最後に、経営者へのメッセージをお願いします。
大前:経営者には“旬”があります。完全燃焼しようと思えば、経営者の旬は10年間。もし自らのピークを越えて、年中ベストコンディションで経営できなくなったと感じたら、一刻も早く後継者を探すべき。日本には後継者のいない中小企業が40%もあると言われています。死ぬまで会社経営に身を捧げる必要はありません。会社経営と同じくらいの精力を後継者探しにあてるべきです。経営は人がすべてです。もし後継者がいなかったら、自分の代で店じまいした方がいい。従業員に苦労を強いながら、経営を続ける意味はありません。店じまいは恥ではなく、勇気ある決断です。利益の出ているうちに、会社を売却してもいい。ハッピーリタイアして、幸せな余生を送ってください。