株式会社ビジネス・ブレークスルー 代表取締役社長 大前 研一

もう日本の景気は良くならない。経営者は生き残りの道を探せ

株式会社ビジネス・ブレークスルー 代表取締役社長 大前 研一

大前研一氏は日本が誇る世界的経営コンサルタント。その著書や論文は日本国内に留まらず、世界各国で高い評価を得ている。また、マッキンゼーでは日本支社長、アジア太平洋地区会長などを歴任し、これまでに500社もの大企業をコンサルティングしてきた。そんな大前氏は中小企業の経営をどう分析しているのだろうか。今回は大前氏に、中小企業の生き残り戦略、経営幹部の育成法などについて聞いた。
※編集部注:このインタビューは東北地方太平洋沖地震が発生する前に行いました

※下記は経営者通信12号(2011年5月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

―まず日本経済の今後の展望を聞かせてください。

大前:はっきりしているのは、「もう日本経済は成長しない」ということ。日本経済の衰退が始まって、すでに20年が経ちます。この間、国民の金融資産も家計所得も減り続けている。こんな状態は他の先進国でもありません。たとえば、アメリカやイギリスは家計所得が20年間で250%に増えています。一方、日本は88%に減少している。つまり、日本だけが特殊な状況に陥っているんです。しかし、このような「悲劇的な状況の真っただ中にいる」という認識を経営者が持っているでしょうか?もう成長はない。景気も良くならない。この大前提から出発して、自社の生き残り戦略を描くしかありません。もし「いつか景気が回復する」なんて期待していたら、経営者失格ですよ。

―もう日本経済は成長しないとすれば、中小企業はどのような戦略で生き残ればいいのでしょうか?

大前:生き残りの戦略は「国内」と「海外」に分けられます。まず国内だけで戦う場合、高度経済成長期の発想から脱却しなければいけません。高度経済成長期の発想の最たるものは、多額の投資をして自社ですべての設備や機能を揃えることです。たとえば、大田区には機械加工の中小製造業が多い。そして、各企業が同じような工作機械を購入し、保有している。でも、それがムダな投資なんです。どの企業も、機械を24時間365日ずっと使っているわけじゃない。だから、大田区全体で最新鋭の機械を❝共有❞すればいい。機械の使用状況やスケジュールはインターネットを通じて共有し、空いている時間に作業を入れる。つまり、数十社の中小企業が集まって、大企業並みのバーチャル機械センターをつくるわけです。そうすれば、各企業が設備投資する必要もなくなります。また、人員も他社の人を使わせてもらえばいい。その結果、大幅にコストが削減でき、国際競争力も高まります。

―そのような手法は、製造業以外の企業にも有効なのでしょうか。

大前:ええ。製造業だけでなく、小売業やクリーニングなどのサービス業でも応用できます。いままでライバルだと考えていた企業と協力し、設備やノウハウ、人材を共有する。中小企業の経営者は、こういう発想の転換をすべきです。もし具体的な方法がわからなければ、わかる人に任せればいい。たとえば、❝共有❞という概念は、若者の方が深く理解しています。スケジューリングだって、スマートフォンで簡単にこなす。だから、自分の息子や新卒社員にやってもらえばいいのです。

―なるほど。国内の生き残り戦略は「共有によってムダを省く」ということですね。では、海外での生き残り戦略を教えてください。

大前:まず前提として、先進国は少子高齢化が進行し、長期的衰退へと向かいます。ところが高齢化が進んでいるがゆえに、年金、貯金、保険などの運用資金が余っている。だから、先進国の巨額のお金がリターンの大きい投資先を探して、世界中を駆け巡っているんです。この❝ホームレスマネー❞が約4,000兆円もあり、その多くが新興国に投資されています。ですから、これから多額のホームレスマネーが流れる新興国を先読みし、いち早く進出すべきです。

 でも、これから新興国も大変ですよ。インフレ、金融引き締め、バブル崩壊が起こる。つまり、日本と同じ道をたどるわけです。ただし、新興国が昔の日本と大きく違う点は、国民の平均年齢が若いこと。若者の多い国は、バブルが崩壊しても甦る力を持っています。特に国民の平均年齢が25歳~30歳で、人口が5,000万人以上の国は潜在能力が高い。そういった国を選び、進出すべきでしょう。

―中国は有力な進出先ですか?

大前:いえ、もう遅いですね。インドも欧米企業が大挙して進出しているので、遅いでしょう。ロシアは日本企業が少ないので、悪くない。もしヨーロッパ向けの事業をやろうと考えているなら、トルコ、あるいはルーマニアなどがいいでしょう。人件費の低いトルコやルーマニアを足場にして、ヨーロッパを攻めるわけです。こういったことを経営者が理解していないと、どの国に進出すればいいか分からない。だから、中小企業の経営者は土曜日にゴルフをするのはやめて、グーグルアースでも見るべきですよ。自宅から❝サイバー出張❞して、世界各国を研究すればいいんです。

海外進出を成功させるポイントとは

―海外進出を成功させるポイントを教えてください。

大前:進出も撤退も早く決断することです。日本企業は外国企業よりも進出が遅いので、儲けられない。さらに撤退が遅れて傷を負う。だから、早く進出して、早く撤退しなければいけません。そして、何よりも海外事業を任せられる人材が必要です。海外進出には20年かかります。だから、自分の経営者としての余命が20年ないと思ったら、優秀な若手幹部に海外事業を任せなきゃダメ。そして、長期的スパンでじっくり取り組ませる。もし数年ごとに担当者を変えたら、絶対にうまくいきません。

―しかし、多くの中小企業には海外事業を任せられる人材が不足しています。

大前:私が中小企業の社長だったら、留学生を10人ぐらい採用しますね。ポイントは、進出したい国の留学生を採用すること。インドネシアに進出したいなら、インドネシア人の留学生を採用するわけです。もちろん、日本語と英語も話せることが条件です。そんな優秀な留学生を5~10年トレーニングした後、彼らの母国に進出します。

―どうすれば、優秀な留学生を採用できるのでしょうか。

大前:学生時代から面倒をみれば、採用できますよ。実際、ある中小企業は留学生に一人あたり年間60万円の奨学金を出しています。留学生はアルバイトをせずに学業に専念できるから、大喜び。そうやって2年間だけでもサポートすれば、中小企業でも入社してくれるでしょう。日本人の学生を採用するために100万円かけるより、よっぽど投資対効果が高いですよ。

―すでに海外で成功している日本の中小企業はありますか。

大前:金型、機械、部品関係など、製造業ならたくさんありますよ。化粧筆やミシン針など、技術力の高いニッチ企業ですね。世界シェアを100%とっても数億円の市場。まさにグローバルな中小企業です。

―サービス業で成功している中小企業はないのでしょうか。

大前:ほとんどありませんし、今後も難しいでしょう。サービス業はシステム化しなければ、世界で通用しません。でも日本のサービス業は人に依存しがちなので、それができない。標準的な業務基準をつくりきれないんです。実際、日本で成功しているサービス業はほとんどアメリカ発のビジネスです。マクドナルドもセブン-イレブンも日本人が創意工夫したと言いますが、基本はアメリカでつくられた仕組みですから。

後継者の育て方とは

―海外進出を検討しているかどうかに関わらず、事業承継の問題を抱えている中小企業も多いと思います。どのように後継者を育てればいいのでしょうか。

大前:後継者の育て方は簡単ですよ。後継者候補を3人選んで、別々のミッションを与えればいいんです。「既存事業の売上を伸ばす」、「コストを下げる」、「新規事業を生み出す」、この3つです。新規事業を任せるのは、若手がいいでしょうね。そして、5年後に結果を検証し、最も優れた成果を出した人材に社長を任せる。もちろん人柄も考慮の対象になりますが、何より結果を出すことが肝心です。そして、残りの2人は経営陣に残し、自分は引退する。会長職などに残って、いちいち経営に口を出してはいけません。この引き際が肝心です。

―なぜ後継者候補が3人も必要なのですか。

大前:1人の人間が売上を上げて、コストも下げて、イノベーションまで起こすなんてムリ。だから、それぞれ3人に任せるのです。基本的に、既存事業を改善して伸ばしていく能力と、新規事業を創り出して突破する能力は別。すべての能力を兼ね備えているのは、よほどの天才か創業経営者ぐらいです。

―もし有力な後継者候補がいない場合、どうすればいいのでしょうか。

大前:モデルケースのひとつはラオックスです。つまり、外資に買収してもらう。多くの場合、外国企業の強みはスピードと資金力、日本企業の強みは技術と経験です。こういった互いの強みをうまく融合させれば、さらなる成長が可能になります。ちなみにラオックスの場合、外資に買収されていなければ倒産していたかもしれません。倒産して従業員を路頭に迷わせるぐらいなら、買収された方がよっぽどいい。ただし、相手企業を見極めなきゃダメですよ。まずは取引先として付き合って、「信頼できる」と判断した後、資本を入れてもらうべきです。

―最後に、経営者へのメッセージをお願いします。

大前:経営者には“旬”があります。完全燃焼しようと思えば、経営者の旬は10年間。もし自らのピークを越えて、年中ベストコンディションで経営できなくなったと感じたら、一刻も早く後継者を探すべき。日本には後継者のいない中小企業が40%もあると言われています。死ぬまで会社経営に身を捧げる必要はありません。会社経営と同じくらいの精力を後継者探しにあてるべきです。経営は人がすべてです。もし後継者がいなかったら、自分の代で店じまいした方がいい。従業員に苦労を強いながら、経営を続ける意味はありません。店じまいは恥ではなく、勇気ある決断です。利益の出ているうちに、会社を売却してもいい。ハッピーリタイアして、幸せな余生を送ってください。

大前 研一(おおまえ けんいち)プロフィール

1943年、福岡県生まれ。早稲田大学を卒業後、東京工業大学大学院で修士号を取得。その後、マサチューセッツ工科大学大学院で博士号を取得。株式会社日立製作所を経て、1972年にマッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社。ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任する。1994年にマッキンゼー・アンド・カンパニー・インクを退職。同年、英国の経済誌「エコノミスト」にて、現代社会の5人のグールー(思想的指導者)に選ばれる。2002年に中国遼寧省および、天津市の経済顧問に就任。2005年に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラム(現在のビジネス・ブレークスルー大学大学院)を開講し、学長に就任。現在は株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長、株式会社大前・アンド・アソシエーツなどの創業者兼取締役、アカデミー・キャピタル・インベストメンツやIDTインターナショナルの取締役などを務める。日本国内はもとより海外での評価も高く、経営や経済に関する多くの著書が世界各地で読まれている。

株式会社ビジネス・ブレークスルー

設立 1998年4月
資本金 14億7,752万円
売上高 19億2,640万円(2010年3月期)
従業員数 67名(2010年3月31日現在)
事業内容 ○マネジメント教育事業
○マネジメントコンテンツのプロバイダー事業
○通信衛星を利用したデジタル放送の委託放送事業
○遠隔教育システムコンサルタント及びサービスプロバイダー
○ビジネス・ブレークスルー大学運営
○ビジネス・ブレークスルー大学大学院運営
○ビジネス及びマネジメント専門コンテンツの企画・制作
○ビジネス及びマネジメントE-learning事業
○通信衛星を利用したデジタル放送の委託放送事業
○インターネット放送、衛星放送によるコンテンツプロバイダー
URL http://www.bbt757.com/
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