株式会社モスフードサービス 代表取締役社長 中村 栄輔

こだわりの価値を届ける不断の努力が「選ばれるお店」づくりの原点です

株式会社モスフードサービス 代表取締役社長 中村 栄輔

コロナ禍の影響で、計り知れないダメージを受けた飲食業界。「もはや経営の継続は困難」といった嘆きの声も少なくない。そんな状況でも、業績を拡大しているのがファストフード大手のモスフードサービス。2021年3月期決算では増収増益を達成した。同社代表の中村氏は、「創業以来、貫いてきた価値観が高く評価された結果」だと語る。その価値観とはどういったもので、いかにして貫いてきたのか。今後の成長ビジョンも含め、中村氏に話を聞いた。

※下記は経営者通信57号(2021年8月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

「味と品質へのこだわり」が、コロナ禍での好業績に

―飲食業界全体がコロナ禍で苦しむなか、2021年3月期決算は増収増益を達成しました。

 ありがたいことに、既存店で見ると、2021年5月時点で22ヵ月連続して売上高が前年同月を上回っています。しかし、約1,300の全店舗が好調だったわけではありません。リモートワークの普及で出勤者が減った都心オフィスビルのテナント店舗や、休業要請のあった大型商業施設のフードコート店舗は苦戦を強いられました。それでも好業績を達成できたのは、もともとテイクアウトでの販売手法を持っていたことと、なにより、私たちが貫いてきた「味と品質へのこだわり」が評価された結果だと考えています。住宅街や郊外型ロードサイド店舗の業績が大幅に伸び、テイクアウト需要をしっかり取り込めたのは、その証ではないかと。この「味と品質へのこだわり」を支えているのが、創業以来、脈々と受け継がれている当社の価値観です。

―詳しく教えてください。

「心と科学」の両立です。創業者の櫻田慧は、「感謝される仕事をしよう」が口癖でした。「手軽さ」「低価格」が強調されがちなファストフードで、味と品質にこだわった食事を「真心を込めたサービスで提供しましょう」と。そして、その「こだわりの価値」を、より多くのお客さまに安定して届けるために必要なのが「科学」です。商品やサービスの改善に向けて「仮説と検証」を繰り返し、再現性ある施策を確立する科学的アプローチがなければ、多様化・複雑化する顧客ニーズへ的確に対応することはできません。私は2016年に現会長の櫻田厚から会社経営のタスキを引き継ぐ際、「モスの価値」をより多くのお客さまに届けるには、この「科学」の取り組みをさらに強化すべきと考えました。今回のコロナ禍でテイクアウト需要を取り込めたのは、その成果のひとつだと考えています。

―テイクアウト需要を取り込めた「科学」の取り組みとは、どのようなものでしょう。

 たとえば、テイクアウト商品の「喫食時品質の向上」です。じつは、これまでもお客さまの約6割はテイクアウトを利用していたため、イートインと同じく、できたてに近い「おいしさ」をテイクアウトでも感じてもらうことは、コロナ禍以前からのテーマでした。この取り組みのなかで、バンズやソースといった素材だけでなく、テイクアウト用パッケージの改良をはじめ、「おいしさ」を持続させるさまざまな試行錯誤を重ねました。小さなことでも良いので、とにかく当社は「テイクアウト商品の喫食時品質」にこだわりました。当社がいま、テイクアウトの強化以外にも進めている「科学」の取り組みにもすべて、「味と品質へのこだわり」をより多くのお客さまに届けたいという想いが根底にあります。

「価値」の提供へ、徹底して取り組む

―そのほかの取り組みとは、どのようなものですか。

 現在、テイクアウト専門店や喫茶需要に対応したカフェ業態、都心部開拓のための小型店など、「業態の多様化」を進めています。これにより、従来の「モスバーガー」のお客さま以外にも、広く私たちの「味と品質」を届けたいのです。また、同様に注力している「生産性向上」も、業務を効率化できたぶんのリソースを、さらなる「味と品質の追求」に向けるための取り組みです。

―徹底していますね。

 ええ。今回のコロナ禍で、消費者の外食機会は大幅に減りましたし、「自宅でも十分に楽しめる」という認識を持つ消費者が増えています。そういったなか、「あのお店に行きたい」「あのメニューを食べたい」と選んでもらうには、自分たちの「価値」を、より多くのお客さまに届けるための不断の努力が求められます。私たちは、「心と科学」の両立を追求し、その努力の習慣化に励んでおり、それがコロナ禍でも好調な売り上げを維持できた所以だと思っています。

「平時」と「非常時」で、使い分けるマネジメント

―会社を成長へと導くなかで、経営者として中村さんが心がけていることはありますか。

 「平時」と「非常時」でマネジメントのあり方を変えることです。私は平時では、社員の主体性にまかせたマネジメントに徹しています。一方で非常時は、社員が迷わず行動できるよう、強力なリーダーシップを発揮するようにしています。その違いをスポーツにたとえるなら、言わば平時は「サッカー型」、非常時は「野球型」と表現できますね。平時はサッカーの監督のように、現場の臨機応変な判断を尊重し、試行錯誤する社員を見守る。それが社員の成長、ひいては会社の成長へとつながると考えています。

 一方で非常時は、野球の監督のように状況に応じた指示をその都度出す。いかにリスクに早く対処するかが、会社を守るうえでもっとも重要だからです。

―今回のコロナ禍でも、そのマネジメントは実践されたのですか。

 まさに今回のコロナ禍では、非常時用に策定した「初動手順マニュアル」のもと、緊急対策本部を立ち上げ、基本方針を決めて全社員に周知しました。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が発出された際、市区町村ごとに異なる「営業時間」や「提供可能なサービス」をもとに、社員がいち早く対応を検討し、各店のオペレーションに落とし込んでくれました。平時の「サッカー型」のマネジメントで培われた社員の臨機応変さにより、地域の感染状況に応じた対応を迅速に進められたのです。私が指示を出さなくても社員が動いてくれたのは、普段から「サッカー型」のマネジメントで養われた主体性の意識が浸透している結果だと思っています。

 私は社員に日頃から、「主体性とは言わば、手をあげて発言すること」だと伝えています。自ら手をあげて発言することには、相応の責任が伴いますから、半端な思いつきで手をあげることはできません。また、その責任を認識したうえでの主体性も求められます。当社の「味と品質へのこだわり」を多くのお客さまに提供できている背景には、こうした主体性の発揮をつね日頃から求められている社員たちの活躍があるのです。

業態の多様化といった変化で、消費者の厳しい目に応える

―会社の成長ビジョンについて教えてください。

 コロナ禍を通じて、「変化のスピードが加速した」とよく言われます。リモートワークがその代表例ですが、3年や5年先を見すえていた取り組みを、1年で行わなければならなくなりました。今後、外食産業に対する消費者の目は間違いなく厳しくなるでしょう。そうしたなかでも当社は、顧客ニーズに合わせ、業態の多様化といった変化を遂げていきますが、「味と品質へのこだわり」は、変わることなく追求します。さまざまな経営戦略も、この「こだわり」が軸となります。そうすれば必ず、多くのお客さまから「選ばれるお店」になれるはずです。

中村 栄輔(なかむら えいすけ)プロフィール

1958年、福岡県生まれ。1982年、中央大学法学部卒業。1988年、株式会社モスフードサービスに入社。法務部長、社長室長、店舗開発本部長を経て、2005年、執行役員 営業企画本部長に就任する。その後、取締役執行役員 開発本部長、同 国内モスバーガー事業 営業本部長、常務取締役事業統括執行役員を経て、2016年、代表取締役社長に就任。

株式会社モスフードサービス

設立 1972年7月
資本金 114億1,284万円(2021年3月末現在)
売上高 719億7,200万円(2021年3月期:連結)
従業員数 1,377名(2021年3月現在:連結)
事業内容 フランチャイズチェーンによるハンバーガー専門店「モスバーガー」の全国展開、その他飲食事業など
URL https://www.mos.jp/
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