「不連続の改革」で目指す「IT小売企業」への進化
―昨年3月、3代目の社長に就任されました。創業家以外からの社長就任はカインズとして初のケースですが、その背景を教えてください。
1978年に第1号店を出店して以来、業界の拡大に合わせて成長を遂げてきた当社ですが、市場の拡大も頭打ちとなっている今、今後も持続的成長を追求するためには、新しい「会社のカタチ」を模索する段階に入ったという認識が背景にあります。
当社にはこれまで二度の大きな挑戦がありました。最初は、日本にそれまでなかったホームセンターという業態への挑戦。その次は、業界に先駆けたSPA(製造小売業)方式の導入という挑戦でした。今回の改革は、三度目の、しかももっとも大きな挑戦にあたると考えています。私の社長就任に合わせ創業来初めての中期経営計画を策定し、「不連続の改革」を打ち出しているのもそのためです。そこでは、これまで築いてきたホームセンターという業態から脱却し、遅れていたデジタル化を強力に推進することで、「IT小売企業」という新たな業態を築いていく覚悟を打ち出しています。今年度は、その改革の土台づくりの年と位置づけています。
―「不連続の改革」には、どのような意味が込められているのでしょう。
「従来の経営路線の延長線上とは一線を画した」、今までにない「大胆な」という意味を込めています。当社は設立以来30年間、ほぼ一貫して成長を続けてきた歴史があります。その間、地道に改善を積み重ね、すぐに結果に結びつける文化が養われてきました。これはじつに素晴らしい文化ですが、今回の改革は決してこうした改善の積み重ねではできません。新しい業態を生み出すような抜本的な改革であり、過去の成功体験から脱却しなければいけない場面もあるでしょう。特に重要なのは、働く人のマインドです。
―具体的に教えてください。
これまで当社は、創業家の強烈なリーダーシップのもと、それを支える実直なメンバー(※)の実行力によって成長をけん引してきた会社といえます。しかし、今後の成長を見すえた場合、メンバーがより「自立」し、さらに自ら考え、行動するよう「自律」していくことが必要です。そうした人材によって、「組織」が運営され、「戦略」が実行されていく。「戦略」と「組織」と「マインド」を三位一体で変革していく新しい成長の姿を模索しているのです。このマインド転換を図るうえで、非創業家からの社長就任は、象徴的な意味をもっていると自覚しています。
※メンバー:社員のこと。カインズ社内での呼称
誰もが薄々気づいていたことを、明確に突きつけた
―前期2019年2月期は、売上高4,214億円、経常利益315億円と、いずれも過去最高を更新しています。この成長のさなかに、改革を打ち出す理由はなんですか。
業績の踊り場を迎えてからの改革なら、どんな経営者でも実行するのは当たり前。しかし、そうなってからでは残された時間軸が短く、経営資源も限られ、実行できる戦略の選択肢も狭まる。経営資源が十分にあるタイミングでこそ、経営者は改革すべきなのです。
じつは、ホームセンター市場は10年以上前から横ばいにあります。一方、店舗数は今も伸びている。当然ながら、店舗あたりの販売効率は低下しています。そのうえ、国内の生産年齢人口はすでに減少に転じており、過去のような拡大路線を描くことはもはや難しい。そのなかでカインズは、改善を重ねて毎年成長しています。きっと、今年も成長するでしょう。しかし、このやり方を今後も5年、10年続けるとどうなるか。このままで「本当にいいんですか?」と。誰もが薄々気づいていた問いを明確に突きつけたのが、今回の改革の第一歩なのです。
―改革では「IT小売企業」の実現に向けて100億円規模のIT投資も打ち出しています。進展はありますか。
徐々に成果が出始めています。デジタルのチカラで“お客さまの煩わしさを解消”し、利便性向上を図ることがIT投資の主眼のひとつです。その最初の成果として、昨年10月に売場・在庫検索アプリ『Find in CAINZ』を開発し、全店導入を進めています。アプリの機能自体は、決して斬新で目新しいものではありません。ただし、平均的な規模でも10万以上の商品点数をもつ私たちの店舗では、お客さまがメンバーに声をかける理由の8割は、商品の陳列場所・機能や使い方に関する質問なのです。ですから、お客さまや現場のメンバーのストレスフリーを実現するうえで、このアプリ導入の意味は極めて大きいのです。
実際に、先行的に導入した店舗では、お客さまの売場案内に関わる所要時間が40%減少したという報告があります。これこそ、改善とは一線を画した改革の成果といえます。
「カインドネス」こそ、30年間育んできた我々の強み
―「不連続な改革」を推進する「プロ経営者」に必要な資質とは、どのようなものですか。
私の経験から言えば、求められるのは3つの資質だと思っています。第一に、「マネジメントスキル」。経営者としての論理的思考や戦略性は絶対に必要な能力で、大概の人は勉強すれば身につけることができます。第二に、「企業家精神」。「起業家」でなく組織人としての「企業家」精神で、自分の会社や事業を「こうしたい」という強烈な野心や志、これも経営トップには必須です。この2つが高いレベルにあれば、まずは優秀な経営者と言われるでしょう。
ただし、3つ目の資質が、「優秀な経営者」と「卓越した経営者」を分けるもので、それが「全人格的素養」だと思っています。
―それはどのような資質ですか。
その人の世界観や人生観、さらには勇気や胆力といった、長い時間の積み重ねのうえで備わってくる素養であり、要は率いる人々に「ついていきたい」と思わせる資質です。特に、改革を経て会社を新しい方向に向かわせる局面では、その資質が問われてくるという実感があります。
私が前職の機械工業系部品商社で社長に就任したのは2008年10月で、まさにリーマン・ショックのタイミング。3ヵ月連続の営業赤字や、2期連続の減収減益が続く最悪の局面でした。そうした環境のなかで、事業を新しい方向に動かすには、的確な「戦略」とそれを推進する「組織」、そこにメンバーの「マインド」が一体となることが重要だと学びました。確かに、指示を出せば人や組織は動きますが、「業務命令だから動く」「高い報酬のために動く」では、真に厳しい改革で成果を持続させることなどできません。そこには、経営者に対する深い信頼や共感が重要な要素となり、その元となるのが「全人格的素養」だと強く感じています。もっとも、「この資質を極めるゴールなどはない」というのも実感しており、私自身もまだ道半ばです。
―現在の改革の先に、どのような会社の姿を描いていますか。
我々が目指す「IT小売企業」とは、なにも無人店舗のような、従来の事業とかけ離れた奇抜な業態ではありません。改革には、変えるべきものと変えるべきではないものがあります。社名の由来にもなっている「カインドネス」=親切、優しさといった価値観は、30年間育んできた我々の強みにほかなりません。この強みのうえに、デジタルやAIなどの最新テクノロジーで実現できる新しい価値を乗せていく。その結果生まれる新しいカインズが、そのまま新業態を示すような、オリジナリティを追求していく考えです。