会社に根づいていた昔ながらの日本の働き方
―「働き方改革」に取り組んだのはいつからでしょう。
長崎:本格的に取り組み始めたのは、2017年の4月からです。そのちょうど3ヵ月くらい前から、世間で「働き方改革」にかんする動きが活発になり、社内でも「ウチはどうするんだ」といった声はあがっていました。当時は、当社の事業構造が変わる時期でもありました。というのも、メインのスマートフォン事業が成熟しつつあり、通信事業をさらに成長させると同時に、新事業をどんどん創出する必要があったからです。役員陣も「約1万7000人いる社員の半分を新事業の担当にあてる」ことを明言していました。そのため、全社の体制を整えなければならなかった。このように当社では、経営上の要請と「働き方改革」とがタイミング的にマッチしていたのです。
澤:当社の場合、明確なタイミングはありませんでした。マイクロソフトは全世界で約20万人以上の人材が約120ヵ国で事業を推進しています。そのため、社内にはさまざまなライフスタイルや価値観が入り乱れている状態。「働き方」にかんしてはルールも制約もありません。しかし、日本マイクロソフトには、昔ながらの日本の働き方が色濃く残っていました。冗談のようですが、「上司の前でだけ長時間働く」ことに注力する社員がいたほど。このような働き方は無論業績にも悪影響をおよぼし、他国なら1週間で結果を出せる仕事も日本では1ヵ月かかることもありました。
新たな制度を確立するには思い切った考えが必要
―「働き方」の改善にいたったきっかけはなんでしたか。
澤:東日本大震災でした。交通機能はマヒし、社員は出社困難に。そんなとき、日本法人の社長が「在宅勤務を奨励する」という一文を社員にメールしたのです。すると、社員のほぼ全員が自宅や避難場所での仕事に切り替えました。結果、会社に行かなくても同等のパフォーマンスをえられることがわかりました。極端な話、震災での「気づき」がなかったら、業績の悪かった当社はなくなっていたかもしれません。それくらい会社にはびこっていた日本特有の「固定観念」の影響は大きく、改革推進を阻む壁でした。
―「固定観念」が「働き方改革」を推進するうえで、立ちはだかった壁というわけですね。ソフトバンクの場合、「働き方改革」を推進していくうえで、壁となっていたものはなんでしょう。
長崎:紛糾した役員との会議でした。「働き方改革」を推進するにあたり、われわれが提案したのは「コアタイムなしのスーパーフレックスタイム制」。それに対して「社員がバラバラに出社したり、好きな時間に帰宅できるようにしたら働かない社員も出てくる」という懸念が寄せられました。しばらくは意見の一致をみず、3週間連続で役員との会議を実施。
最終的に「うまくいかなかったら戻す」という条件でスタート。新たなことを始める場合、リスクばかりを考えてしまいがちですが、「ダメだったら戻せばいい」といった思い切った考えも必要だと感じました。
澤:確かにそうですね。当社の場合もグローバルで見ていたのはKPI(重要業績評価指標)だけだったんです。
日本の場合、「統一された価値観」や「同一性への順応力」は世界的に見ても格段に高い。「チームプレー」「チームワーク」という観点で考えれば、いいところはたくさんあります。でも、日本人だけでチームを組むのではなく、グローバルで仕事を進めていくのであれば、考えを変えていくことも必要です。
日本は社員を子どもあつかいする国
―「働き方改革」実施後の状況を聞かせてください。
長崎:役員のなかには「自由を与えると働かない社員も出てくるのでは」と危惧していた者もいましたが、実際には社員に自由を与えたところで、サボるような人はひとりもいませんでした。逆にパフォーマンスは上がっています。もし心配であれば、「この作業が終わったら報告する」「翌日、昼出社の場合は前日に報告する」など、上司と部下のあいだで、最低限の報告事項を設けておけばいいのです。
でも考えてみれば、社員はれっきとした大人。あれこれ細かい規則は本来、必要ないんです。
澤:KPI重視の当社の場合、細かいルールはありません。でもサボるとバレます。「結果を出していない」=「最大の努力をしていない」とみなされるからです。だから、喫煙室でタバコを吸っていることがサボることに値するとは考えません。
社員は会社に対して「貢献する」という契約を交わしているわけですから、それに対してコミットするのは大人として当然の考え方。「プロとしてあつかう」ということは、「大人としてあつかう」こと。なぜ、「大人」をキーワードとして出すかというと、日本は他国から「社員を子どもあつかいする国」といわれているからです。
―話を聞いていると、考え方を改めなければならないのは管理職だという印象を受けます。
長崎:そうですね。ずっと日本特有の「働き方」のなかで育ち、会社に貢献してきた人たちが管理職になっているわけですから、そこを変えるのは労力がいるかもしれません。当社も話し合いを重ねた結果、いまがあるわけです。
「働き方改革」を導入して1年が経過したころ、社員にアンケートを実施したんです。すると、7割以上の社員が「生産性や自己成長のための活動などが向上した」と回答しました。これは大きな収穫であり、私たちが望んでいたことでもありました。
澤:当社の場合、「目の前でしか部下を管理できない管理職は、業務全体のスピードに支障をきたす」ことは数字からわかっていたので、その点は早急に改善しました。
また、部下には管理職の評価もさせ、向いていないと判断された人は管理職から降ろされます。このようなほかに例を見ない体制が、当社の働き方改革につながっていることは明白。この環境のもと、社員たちは、「KPI達成に必要なこと」を自分で考えて行動しながら100%の力を発揮しています。
イノベーションは企業成長にいかなるときも不可欠
―最後に、「働き方改革」を推進する経営者にメッセージをお願いします。
長崎:「つねに新たなことにチャレンジする」という風潮が社内に確立されれば、新たな取り組みをスタートする際、周囲からの反対も少なくなります。その風潮をつくるためにも、結果をすぐに求めるのではなく、まずは始めて、半年くらい経ってから判断しても遅くはありません。走りながら決めてもいいと思います。
澤:社内に「イノベーションを起こし続ける」という感覚を、つねにもつことが大事だと思います。「いままでになかったアイデアを出し、“ゼロイチ"をつくって、予想を上まわる結果を出す」という気概を社内で共有すると、全社員に責任感が生まれます。そして「自分はできる」と思った瞬間、人はよりよい環境に移ろうとします。それに対して会社は、いい環境といい報酬を提供するように努力する。それが結果として、社内にいい循環を生んでいくのです。