グローバルで勝つためには成長を止めてはならない
―ここ数年、増収を続け、2016年6月期の連結売上高は400億円を突破しました。業績好調の要因を教えてください。
企業成長を最優先する経営をしてきたからです。経営者は「企業を成長させる」と「利益を上げる」を同時に追求する。しかし、どちらか一方を優先せざるをえない局面もあります。1996年に会社を設立した後、5年で株式上場にいたった当社も、そんな状況に立ちいたりました。
株主の多くは、「利益を上げる」ことを優先してほしい。しかし、それを受け入れるなら、将来の企業成長のための大きな投資はしにくくなります。どちらをとるべきか。私は「企業成長」を選択し、2011年にMBOによって会社を非上場化。株主の意向に左右されずに大きな投資をして、企業成長を追求できるようにしたのです。
―それほどまでに「企業成長」を重要視するのはなぜですか。
グローバルで戦うためです。シリコンバレーをはじめ世界には「メガ・ベンチャー」と呼ばれる企業が数多く存在します。しかし、国内からはそれと比肩できるベンチャー企業がなかなか出てきません。その原因のひとつに、最初にヒットしたプロダクトやサービスに安住してしまい、さらなる飛躍のための投資に消極的な経営者の姿勢があるのではないでしょうか。
ひとつのプロダクトやサービスで成功したら、それで得た資金を投資に回し、次の成長ステージへと飛躍するのがシリコンバレー流。私もその例にならい、彼らと互角に戦いたい。とくに、私たちのような研究開発型のITベンチャーは、研究開発投資の多寡が競合との勝敗を左右します。なおさら企業成長を最優先し、研究開発投資に回す資金を多くしなければなりません。
また、「優秀な人材を集めたい」という理由もあります。優秀な人材は、自己成長できる環境を求めます。社員に自分で意思判断できる自由な場を提供し続けるには、企業規模が必要。だから企業成長を追求しているのです。
PCに向かう時間がなくなれば生産性は劇的に上がる
―研究開発への投資と人材の結集の成果のひとつとして、人工知能を組み込んだ最新型ERP『HUE』があります。導入企業の生産性向上に大きく寄与する点で、国が推進する「働き方改革」を先取りしています。
そうですね。世界のなかで、日本の労働生産性がとりわけ低いのかどうかは議論の余地があるでしょう。しかし確かなことは、日本に限らず、いまのビジネスパーソンは業務のなかでコンピュータをさわっている時間が長すぎる。この時間を削減できれば、労働生産性を劇的に向上できます。
スマートフォンで写真投稿アプリを使うことを考えてみてください。写真1枚投稿するのに、テキストをたくさん入力したり、数値を入れて表を作成したりしなければならないとしたら、だれがそんなアプリを使いますか。指で画像をさわるだけで投稿できるから、みんな使うわけでしょう。
―なるほど。いまのビジネス分野のITでは、ひとつのタスクを達成するまでに、人間の膨大な労力を必要としますね。
ええ。えんえんと「入力」や「作表」などのルーティンを繰り返さなければいけない。
人工知能を組み込むことで、それらのムダな作業をなくすのが『HUE』です。コンシューマー向けのITですでに実現していることを、ビジネスアプリケーションの分野でもできるようにしたものです。
―ビジネスパーソンの働き方はどう変わりますか。
「考える」ことに時間を振り向けられるようになります。たとえば人事担当者なら、より優秀な人材をたくさん確保するための採用戦略や、よりモチベーション高く社員に働いてもらうための人事制度改革などを「考える」ことに業務時間の大半をあてられます。
優秀なビジネスパーソンほど、自分のアタマで考える仕事をやりたがるもの。だから、「現場の社員が『HUE』にしてほしい」と望んでいることが、導入のきっかけや決め手になる企業が多いんです。
保育園では問題解決にならない 職場に託児スペースをもうけよう
―革新的なプロダクトの提供によって、顧客企業の「働き方改革」をあと押しするだけでなく、ワークスアプリケーションズ自身が「働き方改革」を先取りする取り組みをしています。たとえば「WithKids」。昨年12月、オフィス内に自社運営の託児スペースをもうけました。牧野さんの発案だそうですね。
はい。いま、保育園の不足が社会問題になっています。しかし、よくよく考えると、保育園が十分にあっても問題の解決にならないんじゃないか。小さな子どもは親と一緒にいたい。親も面倒をみてあげたい。でも、保育園にあずけてしまうと、その間は一緒にいられない。それでも、職場に出勤しないとキャリア形成上、不利になりかねないから、仕方なくあずけている。
それならば、職場に託児スペースがあれば両立するじゃないか、と。当社はフレックスタイム制なので、ママ社員・パパ社員は職場にいる時間のなかで子どもと一緒にいる時間を自由に選べます。育児と仕事を両立でき、子どもも喜ぶ。そこで、はじめたわけです。託児スペースをどう運営するかの詳細は、利用者でもあるママ社員をはじめとするプロジェクトチームにまかせました。
―ほかにも、子育て支援制度をパッケージ化した「ワークスミルククラブ」や勤務時間の2割を業務外のことにつかっていい「スカンクワーク」など、先進的な取り組みが多数あります(下のカコミ記事参照)
ええ。重要なのは社員に「自分が成長していると実感できる環境」を提供すること。優秀な人材にとって、職場選びの重要なポイントは「裁量が大きく難度が高い仕事があるかどうか」です。それが、自身のキャリア伸長に寄与するから。経営者の仕事は、そうした環境を整えることです。
労働時間の短縮ではなく 労働意欲の向上こそ本質
―「働き方改革」について、「社員が必死に働くことが会社の利益の源泉」と、その推進に懐疑的な経営者もいます。経営者は国が音頭をとるこの取り組みをどう受け止めればいいのか教えてください。
社員が高い意欲をもっていて、自らすすんで長時間働いているのであれば、問題はないでしょう。残業代をきちんと支払っていることが前提ですが。
「働き方改革」とは、本質的には労働時間ではなく、労働意欲の問題です。イヤイヤ長時間働いている状況があるから、「働き方改革」が必要になる。国の政策推進にあたって労働時間の短縮を指標にするのは有効ですが、経営者は「労働時間を減らす」ではなく、社員が「意欲をもって働くようにする」ことを追求するべきです。
まず経営者が「社員が高い意欲をもって働く環境」づくりに汗をかかなければいけません。
働き方改革への投資は業績アップにつながる
―社員の働く環境をどうつくりあげるか悩む経営者に、アドバイスをください。
国内における人手不足は、これからさらに深刻化していくでしょう。そのなかで、少しでも「ブラック企業」と思われるような職場環境を放置していたら、優秀な人材を獲得できるはずがない。当社の場合、グローバルレベルで一流と呼べるような「圧倒的に優秀な人材」だけを厳選して採用しています。だから、「ブラック」なことは、絶対にできない。そんなことをしたら、ひく手あまたの優秀な人材は、すぐに辞めてしまうからです。
これに対して、社員の働く環境を向上させるための投資をして、優秀な人材を集め、高い意欲をもって働いてもらえば、顧客に提供する付加価値を高め、会社の業績アップをもたらします。真の「働き方改革」を、前向きに受け止めてほしいですね。