1976年の「宅急便」開始以来、宅配便市場でトップシェアを維持し続けています。なぜ、これほど強いのですか。
―1976年の「宅急便」開始以来、宅配便市場でトップシェアを維持し続けています。なぜ、これほど強いのですか。
瀬戸:ハッキリした理由があります。荷物を受け取る利用者、つまりエンドユーザーの利便性向上を図るイノベーションを継続してきたことです。運輸業では収益源である配送料金を支払ってくれる荷主を「顧客」といいますが、当社は顧客以上に、エンドユーザーの使い勝手向上を目指してきました。ここが当社の強みです。
あらゆる企業は収益拡大のため、差別化にしのぎを削り、顧客を取り込もうとします。しかし、運輸業の場合、「荷物を預かり、お届けする」というビジネスモデル自体は変えようがありません。こうした差別化困難な環境下では、どうしても価格競争が起きやすくなり、顧客囲い込みのための運賃値下げ合戦が発生します。そして、その裏側でエンドユーザーの利便性向上は後回しにされてきました。
たとえば、宅急便が登場する以前は、「集荷してからお届けするのは1週間後が当たり前」など、早く荷物を届けたいという顧客ニーズはもちろん、早く受け取りたいというエンドユーザーのニーズも汲み取られていませんでした。
―値引き競争の一方で、物流システムの改革は後回しにされていたのですね。
瀬戸:そうした構造を変革したのが宅急便。全国一律で翌日配送を実現するなど、宅急便は顧客とエンドユーザーの利便性を飛躍的に高めたと自負しています。ただし、宅急便の実現には、さまざまな困難がともないました。物流システム網を築くには巨額の投資が必要だったのはもちろん、官僚の規制と戦うことも不可避だったからです。会社の存亡を賭けて、あらゆる経営資源を宅急便に投下しました。こうした、利便性を最優先する企業姿勢を保ち続けてきたことが、トップシェアを維持してきた最大の要因だと分析しています。
―収益源ではないエンドユーザーのための投資が、なぜNo.1の源泉になりえたのですか。
瀬戸:利便性の高い宅配サービスを使えば、エンドユーザーは顧客である荷主に対して好印象を持ちますよね。「あの会社から買うと便利だ」「次もあの会社に注文しよう」となる。つまり、エンドユーザー重視のサービスは、顧客のビジネス拡大にもつながるんです。その結果、注文増で荷物が多くなり、当社の取扱個数も伸びる。こういう論法です。
―時間がかかる方法ですね。
瀬戸:確かに、一見すると、回りくどい方法かもしれません(笑)。しかし、宅急便の創始者である小倉さん(小倉昌男元会長(注1))は、つねに「サービスが先、利益は後」といっていました。「ヤマトにまかせれば安心だ」という信頼感を築き、顧客に取引を継続してもらうためには、絶え間なくイノベーションを行い、サービスの質を磨き続けるほかないのですから。
こうした考え方は、当社の「DNA」とも呼べるものです。会社の収益より先に顧客の利益やエンドユーザーの使い勝手を考える風土が、ヤマトグループのすみずみに根付いています。
(注1)小倉昌男元会長:ヤマト運輸株式会社(現:ヤマトホールディング株式会社)の社長として、1976年、民間初の個人向け小口貨物配送サービス「宅急便」を創始。同社が売上高1兆円を超える大手運輸会社に発展する基礎を築く。宅配便の規制緩和をめぐっては、運輸業の許認可権を持つ旧運輸省(現:国土交通省)や旧郵政省(現:総務省)と激しく対立。圧倒的な世論の支持を集め、規制緩和を実現する土台をつくった。1987年、会長に就任。2005年に逝去。
―ヤマトグループの従業員数は約18万人。それだけの人員を束ね、DNAを浸透させるのは大変だと思います。どんな取り組みをしているのですか。
瀬戸:一貫した組織哲学に基づく経営をすることで、自然とDNAが伝わり、継承されるようになっています。大企業の組織図は通常、ピラミッド型です。頂点は経営陣で、真ん中にマネジャー、その下に現場で働く人たちがいるカタチです。しかし、ヤマトグループは違います。当社の組織図は逆三角形。一番上は、顧客とエンドユーザーの総称である「お客さま」、その次に位置するのは、最前線で荷物を運ぶセールスドライバー(以下、SD)たち。われわれ経営陣は最下層に位置し、最前線にいるSDたちのバックアップに徹する役割を担っています。
―現場ではSDの権限が強いということですか。
瀬戸:そうです。実際、SDには多くの権限を移譲しており、自主的に業務判断できる仕組みになっています。顧客やエンドユーザーから聞いた要望に、即時対応するためです。これを当社では、「全員経営」「サービス第一」という理念に集約しています。現場に権限がなく、上が押さえつけている組織では、仕事をやらされている感が強く、士気が低下。サービスレベルも業績も上がりません。当社の生命線は「全員経営」で働いている、現場のSDたち。SDがお客さまの声を吸い上げ、新商品開発のきっかけをつくることもしばしばです。
ヤマトホールディングスの市場ニーズを掘りあてる方法とは
―新商品を開発するにあたり、どんな方法で市場ニーズを掘りあてているのですか。
瀬戸:ニーズというのは、なかなか表面化しないものです。逆に、「もっと早く荷物を受け取れないのか」とか「深夜に届かないのは不便」など、クレームはよく出てきます。
クレームとは、じつはお客さまが「解決してほしい」と願っている困りごとの裏返しなんですね。ですから、当社の新商品開発の基本スタンスは、クレームを真摯に聞き、それをなくすことにおいています。
―どのようにしてクレーム情報を収集しているのですか。
瀬戸:一般的に、クレーム情報は経営陣に届きにくい。そのため、さまざまな方法で積極的な情報収集に努めています。「朝ミーティング」と称している、毎朝7時30分から本社役員室で開く会議はそのひとつです。ときにはお客さまからのクレームをヒントに、現場と経営陣が一緒になってより便利なサービスを検討します。新商品や新サービスは、そこで生まれることも多いですね。また、半年に一度は全国の支社に出向いて、各拠点、各現場の担当者の提案を直接受けます。そのなかにはお客さまのクレームやご要望がきっかけとなった新サービスの提案も数多くあります。1988年に開始した「クール宅急便」もクレームから生まれた商品でした。
―瀬戸さんは「クール宅急便」の開発リーダーでしたね。開発のきっかけを教えてください。
瀬戸:親御さんが「故郷の海で釣った魚を食べさせたい」と、宅急便を使って遠く離れた子どもに氷づけにした鮮魚を送ることなどがよくありました。翌日配送の宅急便なら、真夏でも発泡スチロールの箱に入れることで、氷温状態を保ったまま魚を送れるので重宝されていたんですね。しかし、荷物を受け取るエンドユーザーが不在だった場合、再配送はその翌日になることもありました。一晩たつと詰め込んだ氷は溶け、傷んでしまう。当然、お客さまからはクレームが入ります。
―配送しても不在だったというのでは、仕方ないですよね。
瀬戸:「キチンと届けたのに、留守にしていたほうが悪い」とか「われわれの仕事は配送すること。温度管理ではない」と、運送業の論理を振りかざすのは簡単です。しかし、真摯にクレームを聞けば、お客さまは「真夏でも確実においしい状態で魚を送りたいのに、それができない」「困った」と考えていることがわかります。だったら、温度管理ができる物流システム、「クール宅急便」をつくればいいじゃないか。そう号令したのは小倉さんでした。
―開始までの経緯を教えてください。
瀬戸:最初は1987年、宅急便に「温度帯別」の配送サービスを付加。約1年の期間をかけて1988年に全国展開をスタートさせました。どれだけニーズがあるのかわかりませんでしたが、いざ開始してみると、お客さまからたくさんの支持を集めることに成功したんです。クール宅急便が普及する以前は、新鮮なお刺身や魚料理は一部の高級店のメニューでしたが、各地の生鮮品が低コストでデリバリーできるようになりました。このとき、孫子の「戦わずして勝つ」とはこのことだ、と学びましたね。
―どんなことを学んだのですか。
瀬戸:「クール宅急便」をつくるためには、専用トラックを開発したり、全国の営業所に冷凍室を設置するなど、多額の初期投資が必要。時間もかかります。逆にそれがネックとなって、競合他社はなかなか追随できず、長い間、当社が市場を独占しました。他社が戦えない市場を創れば、これはもう独壇場。価格競争に巻き込まれることはありませんし、絶対に勝つわけです。これが「戦わずして勝つ」ということです。
そのためには、すぐにはマネされない独自の商品、サービスを開発する必要があります。それを支えているのが、エンドユーザー志向を徹底し、クレーム情報を組織的に収集、現場と経営陣が一体になって新しい商品やサービスへと昇華させる仕組みなんです。
―最後に、経営者にメッセージをお願いします。
瀬戸:クレームは、新しいビジネスのヒントです。決して逃げてはいけません。世のため、人のために仕事をしている限り、絶対に利益は後からついてきます。当社はこれからも困りごとを解決するイノベーションに取り組み、お客さまの利益になる商品、サービスを提供し続けていくつもりです。