SBIホールディングス株式会社 代表取締役 執行役員CEO 北尾 吉孝

自己変革をくり返し、熾烈なグローバル競争を勝ち抜け

SBIホールディングス株式会社 代表取締役 執行役員CEO 北尾 吉孝

ソフトバンクグループの金融部門として産声をあげ、2006年に完全独立したSBIグループ。同社は2005年以降、中国、韓国、ベトナムなど成長著しいアジアを中心とした新興国への海外展開を進め、2011年3月期の連結売上高は1400億円を突破。同年4月には、日本に本社を置く企業として初めて香港証券取引所に上場を果たした。リーマン・ショックをはじめとした世界経済の荒波を乗り越え、さらなる成長へと突き進んでいる。今回はグループ代表の北尾氏に、経営者の人間性を磨く方法、中小・ベンチャー企業に必要なグローバル対応、2012年の世界経済の展望などを聞いた。

※下記は経営者通信17号(2012年2月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。

―北尾さんは成長企業に必要な条件として「経営者の徳」という要素を挙げています。経営者はどのように「徳」を高めればよいのでしょうか。

北尾:一番良いのは、徳性の高い人を師事して直接教えを受けることです。しかし、そういう機会はなかなか得られません。すると、良い書物を読むことが重要になります。例えば、『論語』などの四書五経をはじめとする中国古典や碩学の、安岡正篤先生の著書などを熟読玩味する。そうすれば、人間学の素養が育まれます。その他の方法としては、身近にいる立派な人物をよく観察して、その人に倣うことです。自分より優れている点があれば、部下でも友人でも構いません。そして基本的なことを学んだ後、日々の仕事の中で実践する。陽明学に「事上磨錬(じじょうまれん)」という考え方があるように、日常の行動の中で自分自身を律しながら精神を鍛えていくのです。

―身近な人から学び、実践することで人間性を高めるわけですね。では経営者論に続いて、組織論を聞きたいと思います。成長企業における組織づくりのポイントを教えてください。

北尾:自社の弱点を強化することが大事です。たとえば、営業力が弱いのであれば、営業力を強化するための組織をつくる。ですから、同業他社を分析し、自社の長所と短所をしっかり把握することがポイントになります。

 そして経営史学者のチャンドラー氏が唱えているように、組織は戦略に従います。つまり、最初に戦略を立て、それを最も効率よく具現化できる組織体制をつくるわけです。さらに、昨今のようなグローバル時代に入ると、世界を意識して組織をつくらなければいけません。自社の海外戦略を立案し、それに合わせて組織をつくる。その際、すべてを自前で行う必要はありません。自社と相性が合うパートナーを探し、業務提携などを行う選択肢も有力です。当然、中小企業にとってもグローバル化は選択の問題ではありません。1998年の多角的貿易体制50周年記念会合で当時大統領だったビル・クリントン氏が言ったように「Globalization is not a policy choice - it is a fact」なのです。

―TPP(環太平洋パートナーシップ協定)も選択の問題ではなく、既定事実と考えるべきですか?

北尾:ええ。TPPは必ず断行しなければいけません。「TPPは日本の国益に反する」と主張する論者もいますが、これは世界の潮流なんです。この大きな潮流から日本が離れては絶対にいけません。そもそも、わが国は保護貿易ではなく自由貿易を選択しています。そこに特別な関税をかけて恣意的に操作するのは、良いことではありません。

―経営リソースが限られている中小・ベンチャー企業は、どのようにグローバル対応をすればよいのでしょうか。

北尾:敵を知ったうえで、知恵を絞ることです。外国企業にはどんな武器があるのか。そして外国ではつくれないモノは何か。そういうことを真剣に考えるべきですね。たとえば、お米の場合はTPPに参加すれば、価格では外国産のお米に勝てなくなります。しかし、知恵を絞ればマーケットは広がります。お米のパンなんて、結構美味しいんですよ。ほかにも米粉で代替できる製品がたくさんあります。また、おかきやおせんべいを海外に輸出できるかもしれません。そういった魅力的な加工製品をどう作って、どう売るか。そのような柔軟な発想のもと、グローバル対応をしていけばよいのです。

―その考え方は農業だけでなく、サービス業でも同じですか。

北尾:もちろんです。公文式のように日本の学習塾のシステムを海外に輸出するなど、いろいろ新しいことを考えて挑戦すればよいと思います。ただし、そのためには経営者の意識改革が必要です。自己否定、自己変革、自己進化というプロセスを経営者自身が経なければ、グローバル時代には対応できません。そして日本のモノやサービスを売るためには、わが国の文化を世界に発信することが重要です。東日本大震災の後、世界中で日本人の国民性が称賛されました。食料配給の列に大勢の人が整然と並ぶ姿、停電で真っ暗になっても破壊や略奪行為が起きないことなど、世界中で驚きをもって伝えられたわけです。そういった日本人の美点を今後もアピールしていくべきだと思います。

SBIグループが考える、日本企業の進出先として有力な国とは

―SBIグループは中国、韓国、ベトナム、マレーシア、シンガポール、ロシアなど、積極的な海外展開を進めています。業種・業態によって違いはあると思いますが、日本企業の進出先として有力な国はありますか?

北尾:代表的な国として、中国、インド、インドネシアが挙げられます。この3ヵ国は中間層の人口が拡大を続けており、マーケットとして非常に巨大です。言語と法律の面で考えると、中国よりもインドの方が進出しやすいですね。インドは300年近く英国の植民地だったので、知識階級は英語が堪能です。また英国を基準とした法律が整っているため、中国のように朝令暮改でルールが変わることがない。歴史的な反日感情もありません。システム開発やバックオフィス機能のアウトソース先としても有力ですよ。ただし、厳然として残るカースト制度が課題です。これが将来の社会不安を起こす危険性がある。また、インドの中間層は所得レベルが低いので、日本企業のテレビや自動車が売れません。サムスン電子のテレビやタタ・モーターズの自動車のように、シンプルで安い製品が必要です。

―日本企業の生産拠点としては、どの国が有力ですか?

北尾:ベトナムですね。中国と比較して人件費がはるかに安いだけでなく、政治的にも安定しています。大乗仏教の国なので、宗教的にも日本と共通点がある。さらに若年人口が非常に多く、国民性も勤勉。近い将来、日本の生産基地は中国からベトナムへと移っていくでしょう。そして、ベトナムの次がカンボジアになるでしょうね。

―欧州の債務危機をはじめ、世界経済は不透明な状況が続いています。2012年の展望を聞かせてください。

北尾:欧州危機は簡単に決着がつかないと思います。いまのユーロ体制を維持するためには、たとえばECB(欧州中央銀行)がユーロ共同債を発行する必要があります。あるいは、日米中がIMF(国際通貨基金)に資金を入れて、そのお金を危機的な国や金融機関に貸し付けなければいけません。そういった様々な措置が実行されたとして、なんとか現体制を維持できるかどうか。それくらいのレベルです。しかし、ユーロ共同債の実現は非常に難しい。なぜなら、ドイツが同意しないからです。メルケル首相も自国の選挙のことを考えると、ノーと言わざるを得ないでしょう。

―では欧州の債務問題はどうなるのでしょうか?

北尾:考えられるパターンはいくつかあります。ひとつは、財政危機に陥った国々がユーロから秩序ある脱退をするパターン。ただし、ギリシャは昔のアルゼンチンのようになってしまいます。つまり、大変なインフレが発生し、通貨は大暴落。国民は耐乏生活を強いられるでしょう。あるいは、ドイツがユーロから脱退するパターン。しかし、その副作用としてマルクが暴騰し、ドイツの輸出が激減してしまう。ですから、ドイツにとっては留まるのも出るのもしんどい。この状況はフランスも同じです。そもそも、ユーロという仕組み自体に根本的な矛盾があったんです。ユーロ圏の通貨と金融政策は統一しているのに、財政は各国バラバラ。私は最初からダメになると思っていました。しかし、ヨーロッパはまとまってこそ、国際社会で大きな顔ができるのです。一つひとつは小さな国なので、バラバラになると発言力が大幅に落ちてしまう。こういったジレンマを抱えているので、当分は不安定な状況が続くでしょう。

―アメリカ経済についてはいかがですか。

北尾:意外にしっかりしており、企業の全体的な業績も好調です。さらに今年フェイスブックが株式を公開すると言われていますが、その株式時価総額は1000億ドルを超えるとも言われています。アメリカには、そういったイノベーティブな会社がどんどん生まれてくる土壌があるのです。また、日本の人口が減少し始めているのに対し、アメリカは年々人口が増えています。世界中からどんどん移民を歓迎して、経済の活力を生み出しているのです。

―アメリカが健在ということは、世界同時不況は起きないということですね。

北尾:そうですね。リーマン・ショックの際はアメリカという本丸が傾いたので、世界全体が危うくなりました。でも、ユーロ圏が解体されたとしてもヨーロッパ各国が発言力を失うのみで、世界同時不況には陥らないでしょう。

 しかしながら、当然リスクもあります。なぜなら、世界中の金融機関が欧州各国の国債を保有しているからです。そういった国債が大暴落すると、政府が多額の資金を使って金融機関を救済しなくてはいけなくなります。つまり、各国の財政危機から金融危機へと問題がさらに深刻化していけば、世界的なシステミックリスク(※)が顕在化するでしょう。

※システミックリスク:個別の金融機関の支払不能、特定の市場または決済システム等の機能不全が、他の金融機関、他の市場、または金融システム全体に波及するリスクのこと。

アジア経済の今後、中東の民主化運動が世界経済に与える影響とは

―中国をはじめとしたアジア経済はどうなると予想していますか。

北尾:すでに世界各国で金融政策の転換が行われましたが、今年はもっと顕著に現れるでしょう。こういった金融緩和が進めば、輸出に強いアジアの国々にとってプラスになります。ただし、ヨーロッパの需要は期待できません。アメリカの需要もそこそこ。ですから、中国は外需から内需中心の成長に切り替えるべきです。実際、内需が活発なインドネシアはリーマン・ショックの影響をほとんど受けませんでした。そういう政策的な取り組みがカギになります。また、2012年は世界的に指導者が交代する年ですが、最も注視すべきなのは中国です。胡錦濤政権から習近平政権に代わり、政策がどう変わるのか。民主化の方向に進むのか、あるいは逆の方向に進むのか。もし民主化運動を弾圧するようなことがあれば、天安門事件のような大騒動が起きる可能性がある。それは人道的観点だけでなく、世界経済にとっても非常に恐ろしいことです。

―中東の民主化運動は世界経済にどのような影響を与えるのでしょうか。

北尾:すでにエジプト、チュニジア、リビアで民主化運動が起き、残るはシリアぐらいになってきました。ですからシリアの決着がつけば、様々な形でインフラ需要が発生すると思います。たとえばリビアは産油国なので、潤沢なオイルマネーを使ってインフラを作り直すでしょう。そういった点は世界経済にプラスに働く可能性がありますね。

―最後に、日本経済の展望を聞かせてください。

北尾:日本は諸外国に比べて復興需要が発生します。政府から真水で十数兆円のお金が出ていくので、これを機にデフレからの脱却を目指すべきです。東北地方の復興をいかにデフレ脱却、内需拡大につなげていくか。政府の舵取り次第で日本経済の行方が変わると思います。

北尾 吉孝(きたお よしたか)プロフィール

1951年、兵庫県生まれ。1974年に慶応義塾大学経済学部を卒業後、野村證券株式会社に入社。ケンブリッジ大学経済学部へ留学後、世界を舞台に活躍。企業のM&Aや株式公開などに腕をふるう。1995年、孫正義社長に招聘され、ソフトバンク株式会社に常務取締役として入社し、ソフトバンクグループの急成長を支える。2005年、ソフトバンク取締役を退任。現在は、SBIホールディングス株式会社の代表取締役執行役員CEO。また、公益財団法人SBI子ども希望財団理事およびSBI大学院大学学長も務める。中国古典に造詣が深く、関連著書も多い。

SBIホールディングス株式会社

設立 1999年7月8日
資本金 816億6,300万円
売上高 1,410億8,100万円(2011年3月期)
従業員数 3,397名(連結:2011年3月31日現在)
事業内容 株式等の保有を通じた金融企業グループの統括・運営等
URL http://www.sbigroup.co.jp/
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