―御社は1958年の設立から48期連続で増収増益を計上しました。驚異的な継続成長の秘訣を教えてください。
塚越:売上や利益といった数字を追求せず、「いい会社をつくりたい」という一点を目標にしてきたことです。人々が日常会話のなかで「いい会社だね」と言ってくれるような会社になりたいと私たちは願っています。社是である「いい会社をつくりましょう」という言葉には、そんな想いをこめています。売上や利益は後からついてくるんです。
―どういう会社が「いい会社」なんですか。
塚越:社員や取引先、お客さま、地域の人々など、当社にかかわる人たちみんなを幸せにする会社です。たとえば、お客さまに喜んでもらえる商品やサービスを研究開発し続けるのはもちろん、仕入先を買い叩かず、下請け会社とも対等の立場で接する。郷土愛をもち続け、地域の発展に役立つお金を出し惜しみしない。社員の給与を年ごとに増やすのも大切な要素です。当社は創業時からこれらを実践してきました。
―利益を削って相当なコストをかけなければ、いい会社になれそうもありませんね。
塚越:誤解されがちですが、いい会社というのは、利益を残さず、後先考えずにばらまく会社ではありません。私が敬愛する二宮尊徳は「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という箴言を残しています。どんなに立派な道徳や理想を語っても、肝心の経済がしっかりしていなければ長続きしません。問われているのは「なんのために会社は存在しているのか」ということです。私は会社の役目とは、人々を幸福にすることだと考えています。それはきれいごとや建前ではありません。なぜなら、人々の幸せを追求するいい会社には、かならず経営にプラスの影響があるからです。
―どのようなプラスがあるのですか。
塚越:社会が豊かになるほど、いい会社かどうか、企業イメージが差別化の武器になるのです。たとえば、同じような商品が並んでいたとき、お客さまはどちらを選ぶかを考えるとわかりやすいでしょう。なんとなく、よく知っている会社、感じのいい会社の商品を選ぶのが人の自然な情です。社員の幸せを考えず、仕入先をいじめ、地域貢献に無関心。そういう会社を支えたいと思う人は少数です。品質を高めたり、値ごろ感のある価格設定も大切ですが、いい会社かどうか。それが商品イメージをバックアップし、差別化の武器になるのです。それに、人々が支えてくれる会社は、ピンチにも強い。当社が過去に何度か直面した危機を突破できたのも、いい会社をめざしてきたからです。
―どんな危機に直面したのですか。
塚越:もっとも思い出深いのは、私がこの会社に入って15年ほどたった頃。粗末な設備のせいで社員が仕事中に重傷を負うという事故が起きてしまったのです。安全を確保するためには、最新設備の導入が必要でした。しかし、それは大変高価で、当時の会社の体力では簡単に買えません。といって、危険な労働環境をそのままにして社員を働かせるわけにもいかない。進退きわまり、一時は会社をたたむことさえ考えました。最終的に「もっとも社員を幸せにできる道はなにか」という原点に立ち返り、どうにかして資金を調達。清水の舞台から飛び降りるつもりで設備投資をしました。でも、フタを開けると予想以上に仕事が順調にいき、すぐに借金が減りました。
―なぜ、それほどうまくいったのか、理由を教えてください。
塚越:社員たちの士気が高まり、以前よりやる気を出してくれたからです。どれだけすばらしい機械もカタログに記載された能力しか期待できません。しかし、人間が本当にやる気を出せば、2倍、3倍もの力を発揮するんです。このときの設備投資は、社員の安全を確保しなければならないという一心からでした。このできごとから「社員がもっと快適に、もっと幸せになるためという動機で動き出すことが大事だ」との想いが深まりました。動機が純粋であれば仕事はうまくいく、というのが私の実感です。一方で、ブームに乗っかるなどの安易な経営は結果的に会社を苦しませます。ですから、10年ほど前に寒天ブームが起きたとき、私はすぐに社員を集め、「これは会社にとって最大の危機になるかもしれない」と訴えました。
―ブームで売れているのに、なぜ危機感をもったのですか。
塚越:流行は自分の努力のたまものではなく、外部環境の気まぐれな変化。それに乗じて実力以上に売上が伸びても、いずれ大きな反動に襲われるのは必至だからです。ですから、つくればつくっただけ売れるのはわかっていましたが、たくさん製造するつもりはありませんでした。しかし、取引先をはじめ、消費者から「もっとつくって」「製品が手に入らない」というお叱りの電話をたくさんいただきました。社員からも「増産したい」という声が出ていました。それで、「3交代制で製造させてほしい」という社内の強い意見を採用したんです。大きな失敗でした。
―どのような失敗があったのですか。
塚越:その年は売上が急増したんですが、翌年はドーンと急降下。過剰在庫を抱える、原料価格が上がってコスト管理に支障が出る、海外から粗悪品が流入し業界全体のイメージも悪化するなど、深刻な反動が次々と起きました。48年間続いていた増収増益もそこで途絶えました。その後、市場が落ち着き、再び当社は増収増益に戻りましたが、短期間で売上が急激に伸びることの弊害を痛感しましたね。急速な成長は危険。いいことはひとつもありません。
―多くの経営者は自社を急成長させたいと思っています。なぜ、それが危険なのか、理由をくわしく教えてください。
塚越:実力がともなわない急成長は、いろいろなところにしわ寄せを起こし、急降下をもたらすからです。会社の成長は社員の成長と連動していることが肝心。でも、社員の能力や会社の体制が整わないままに急に大きくなり、急降下する会社が多いですね。大切なのは、自社にとっての最適成長率を見きわめることです。ただし、最適成長率は社歴や業界の状況によって異なり、一定の理想的な数字はありません。その見きわめこそが、経営者に課せられた最重要の仕事です。
―どのような成長がいいのですか。
塚越:前年を下回らないという歯止めさえあればいいんです。理想は、確実な低成長。私は樹木の年輪からその正しさを学びました。寒さや暑さ、風雪などの環境によって幅は変わりますが、樹木の年輪ができない年はなく、少しだけ成長しています。たとえば屋久杉。毎年の成長はわずかででも、1,000年、2,000年と生きているから、あれほどの巨木になるのです。私は、企業の真の価値は永続することだと考えています。そのためには屋久杉のように、年輪は小さいほうがいいんです。
―経営者として、大切にしていることを教えてください。
塚越:10ヵ条からなる「経営者の心得」を日々、実行し続けることです。これは、経営者の「あるべき姿」を確かめ続け、自分を律するためにつくった指針です。1970年頃に初めて「企業経営者心得」を書きおこし、その後、何回か改訂して2004年に「二十一世紀のあるべき経営者の心得」としてまとめました(右図参照)。
―中小・ベンチャー企業の経営者にアドバイスをお願いします。
塚越:会社のあるべき姿とは、人や社会の幸せに貢献することだというのが私の信念です。幸せになりたい気持ちはだれもがもっています。でも「より大きく、より早く」とよくばって自分に幸せをかき寄せるべきではありません。まず身近な人を先に幸せにすれば、やがて何倍にもなって自分に返ってきます。「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」。二宮尊徳はこんな言葉も残しています。長期的視点に立ち、人に幸せを与え、みんなの幸せを最優先する。経営者としての大きな幸せはその向こうにあると思います。