―御社は池袋の大衆食堂からスタートし、現在は日本最大の和定食チェーンへと成長しました。ここまで成長することができた理由は何ですか?
三森:やはり経営理念を貫いて、ひとつの事業に専念してきたからだと思います。私たちの経営理念とは「人々の心と体の健康を促進し、フードサービス業を通じ、人類の生成発展に貢献する」。わかりやすく言えば、「お客さまに喜んでいただくために、安全・安心でうまいものを手頃な価格で出す」ということです。この経営理念を具現化するために、私たちは様々なことに取り組んでいます。たとえば、安全・安心な食材を仕入れるため、無農薬栽培の野菜工場を自社でつくっています。また、うまいものを手頃な価格で出すために、物流と冷解凍のオペレーションを工夫し、店内で調理しています。他にも味や接客のレベルを上げるため、専用の調理器具や調味料を開発したり、社員研修に力を入れています。こういったことをひたすら追求してきた結果、ここまで成長することができたのだと思います。
―店舗数がどんどん増えていくと、現場にまで経営理念を浸透させることが難しくなると思います。御社ではどうやって現場に経営理念を浸透させているのですか?
三森:経営理念をくり返し伝える。それに尽きます。まず「全店店主会」を1年に2回開催し、全国の店主(店長)に集まってもらいます。最初は参加者全員で大戸屋の経営理念を唱和。その後、半日かけて勉強会を行います。その他にも、エリア単位で店主会と社員会を毎月開催し、経営理念の理解を深めています。
―デフレ不況が続く中、外食マーケットも縮小を続けています。御社はどのような戦略で不況に立ち向かっているのでしょうか。
三森:特別な戦略はありません。徹底的に経営理念を具現化するだけです。つまり、安全・安心で美味しいものを提供する。その努力こそがすべてです。この本質は景気に関係ありません。むしろ不況の方が本質を追求しないと、売上は上がりません。だから、不況は成長する足腰が鍛えられる良い機会だと思っています。
「海外進出を成功させるポイント」とは
―競合他社と価格競争はしないのですか?
三森:しないですね。もちろん低価格を喜ぶお客さまもいますから、それ自体を否定はしません。でも、私たちはそんな方向にはそもそも行けないんです。価格競争をしたら、大きな会社しか生き残れませんよ。当社とは食材の仕入れの量が圧倒的に違うので、仕入れ原価が違う。だから、私たちは価格ではなく品質で勝負するしかないんです。つまり、大手ができない店内調理で味を磨く。それが最善だと考えています。
―店内調理をしている大手外食チェーンはないのでしょうか。
三森:私たちのように店内調理の比率が高い外食チェーンは非常に少ないと思います。ほとんどの外食チェーンは、セントラルキッチン(集中調理施設)によるフードシステムを採用しています。つまり、大規模な調理施設で食材を加工して、各店舗に運ぶ。そして、お店の調理は2~3割で済むようにしている。だからスピーディーに大量出店ができるわけです。でも、この仕組みは和食系の料理には向いていません。和食は素材の味が命です。セントラルキッチンで加工すればするほど、素材の味がとんでしまう。日本人が食べたら、味の違いは明確です。だから、私たちはセントラルキッチンを持たず、すべて店内で調理しているんです。毎日、各店舗の調理スタッフが野菜の芯を抜いて、スライスしている。ブロック肉も店でスライスしている。時間は少しかかりますが、やっぱりイチから店でやった方がうまいんですよ。
―大戸屋はチェーン店にもかかわらず、個人経営の定食屋さんのような店内調理をしているわけですね。ところで御社は2005年のタイ進出を皮切りに、現在は海外で45店舗を展開しています。三森さんの考える「海外進出を成功させるポイント」を教えてください。
三森:くり返しになりますが、一番は経営理念です。なぜなら、人間は常に判断しているからです。経営者だけでなく、現地のスタッフも常に判断している。仕入れ、接客、人材育成など、考えることはたくさんある。その際、経営理念を基準にして、やっていいこと、いけないことを考えてもらうんです。もし経営理念がなかったら、経営者自身も様々な判断を間違えると思います。とくに海外の場合、いろんな話を持ってくる人がいますからね。その時に理念をもっていないと、とんでもないことになりますよ。
―具体的にどんな危険があるのですか。
三森:それはいろいろありますよ。たとえば、食材の調達について。和食で最も大事な食材は醤油です。でも日本から醤油を持っていくと、高い関税がかかる。現地調達の方が圧倒的に安いんです。ただ、現地の醤油は味が違う。では日本の醤油のレシピを持っていって、現地のメーカーに作ってもらえばいいのか?しかし、それでも味がまったく違うんです。その理由は、日本とタイでは温度と湿度が違うから。温度と湿度が変わると醤油の菌が変化して、味が変わるんですよ。だから、海外で日本の醤油の味を出すのは難しい。だったら関税が高くてもいいから、日本の醤油を持ち込もう。自然と私はそういう判断をしました。もし大戸屋に経営理念がなかったら、日本とは味が違う現地の醤油を使っていたかもしれません。すると目先の利益は得られても、少しずつ信用を失うことになるでしょう。食材の調達だけに限らず、そんな判断に迫られることが毎日ある。だから、経営理念が大事なんです。
すべての判断基準は経営理念にあり
―海外進出において、他に大事な点はありますか。
三森:良いパートナーをつくることですね。自社だけで進出すると、危険だと思います。現地の企業に騙されることもあるでしょう。当社の場合、日本の商社や金融機関が信頼できる現地企業を紹介してくれました。そういう点は大事だと思いますよ。
―日々の経営において、三森さんが気をつけていることはありますか。
三森:財務ですね。財務は常に気をつけなければいけません。積極経営はいいんですが、財務のバランスは大事です。いくら売上が上がっていても、借金が多いと潰れる危険があります。だから、身の丈に合った経営をしなきゃいけません。
―経営者は攻めるだけではいけないと。
三森:そりゃそうです。お金の怖さを知らなきゃダメです。だから、若い時に成功するのは良くない。経営者が若くして成功すると、その後ほとんど失敗します。20代で成功した経営者は30代で大失敗しているでしょ?若くして大儲けすると、どうしても安易になるんですよ。また若いと付き合う人も限られるので、同じ情報しか入ってこない。これはすごく危険ですよね。
―三森さんは若い時に失敗したのですか?
三森:ええ。私の場合は30代で失敗しました。その後、現場に入り直したのが良かったのだと思います。そもそも私は二代目経営者です。私が21歳の時に先代が他界し、大戸屋の跡を継ぐことになりました。そして先代が築いた信用のおかげで、その後もお店は繁盛し続けました。そこで、勘違いしてしまったんです。商売なんて簡単だと。その後、私は居酒屋やハンバーガーのFCチェーン店にまで手を広げました。自分自身の手で新しいことをしたかったんです。でも、これらの店舗はすべて赤字でした。定食屋で稼いだお金を、他の業態のお店につぎ込んでいる状態でしたね。そして転機となったのが、大戸屋3号店の火災。1億円以上のお金をかけて作った吉祥寺店が一晩でなくなってしまったんです。その時に、自分の甘さにやっと気づきました。私に能力があるわけじゃない。先代や従業員のおかげで儲かっていたんだと。そして、もう一度、本業の大戸屋だけに専念することにしたのです。当時の私は34歳。その時に、生まれて初めてお金に困りましたね。
―30代でお金に苦労されたわけですね。
三森:ええ。私たちの業種は設備投資が必要なので、どうしても最初に借金をします。当時は吉祥寺店の全面改装で借金が膨らみ、毎日の資金繰りさえ苦しかった。だから、夜眠れないんですよ。私は朝から晩まで厨房に立っていたので体は疲れている。少しビールを飲めば、自然と眠たくなります。でも夜中に目が覚めるんです。本当に眠れない。しかも夜中だし、悪いことばっかり思い浮かぶ。そんな日々を2年ぐらい過ごしました。その怖さはいまも鮮明に覚えています。もう二度とあんな風になりたくない。だから、常に財務には気をつけています。
―最後に、経営者へのアドバイスをお願いします。
三森:アドバイスなんて偉そうなことは言えません。ただ、大事だと思うことはあります。それはひとつのことを一生懸命やること。やり抜くこと。あれもこれもなんて、いくつもできないと思います。だって「うまい」って難しいですよ。これでいいという終わりがない。だから、私たちは大根おろしや鰹節にも徹底的にこだわっています。食材を調べたり、調理器具を開発したり、他の美味しいお店に行って勉強したり。毎日がその繰り返しです。でも、必死に打ち込んでいれば、いつか苦労じゃなくなる。苦労が楽しみに変わるんです。ホント“食い物屋”はおもしろいですよ。