―御社は1999年に設立され、2005年にソフトバンクグループから独立しました。設立10年目の2008年にはグループ売上2,200億円を突破し、現在は日本を代表するインターネット総合金融グループへと変貌を遂げています。わずか10年ほどで、ここまで成長することができた要因を教えてください。
北尾:一言で言えば、❝時流❞に乗れたからですね。私たちが乗った時流は2つあります。ひとつは金融ビッグバン。金融業・金融市場の大幅な規制緩和による一大変化です。1999年、証券の株式委託売買代金の手数料が自由化されました。この規制緩和がなければ、どの証券会社も手数料は同じまま。ネット証券の隆盛もなかったでしょう。もうひとつはインターネットの普及と進化。この10年間でインターネットは急速な普及と進化を遂げました。多くの人が日常生活の中でインターネットを使うようになった。また、金融業のコスト構造も劇的に変化しました。この2つの時流に乗れたからこそ、私たちは短期間で目覚ましい成長を遂げることができました。事実、SBI証券は2005年3月期の第4四半期に株式委託売買代金で野村證券を抜き、日本一になりました。
―どうすれば❝時流❞を予見できるのですか。
北尾:世の中の変化を掴むのは、それほど難しいことではありません。たとえば金融ビッグバンの場合、アメリカでは1970年代から始まっていました。イギリスでも1980年代に起こりました。つまり、世界を見ればいいのです。日本よりも進んでいる国で何が起こったのか。それを知ることができれば、遅かれ早かれ日本でも同じようなことが起きると想定できます。特にインターネットの分野はアメリカから学ぶことが多かった。そして私はアメリカのビジネスモデルを日本に持ち込み、「タイムマシン経営」を行ったのです。ソフトバンクの孫さんと同じですね。ちなみに、現在はほとんどの情報がリアルタイムで世界中に伝わります。たとえば、アメリカで「ツイッター」が流行ったら、いつの間にか日本でも流行っているでしょう?つまり、世界と日本のタイムラグが短くなってきている。だからこそ世界の流れをいち早く捉え、正確な経営判断をすることが今まで以上に重要になっています。
―しかし、単に時流を捉えるだけで御社のように目覚ましい成長ができるのでしょうか?
北尾:簡単ではないでしょうね。重要なのは、時流を捉えた後です。最も効果的に時流に乗るためにはどうすべきか。どのような戦略を立て、どのような組織を作るのか。ここがポイントとなります。私の場合、まず金融業の近未来像について仮説を立てました。その仮説とは、トリプル「ワン」時代が到来するという予測です。1つ目の「ワン」は「ワンストップ」。これは株式、銀行預金、保険商品など、すべての金融商品をひとつの窓口で取り扱うこと。
2つ目の「ワン」は「ワンテーブル」。これは株式委託売買代金の手数料など、各社の数字をひとつのテーブルに乗せて比較すること。3つ目の「ワン」は「ワントゥワン(1to1)」。これは一人ひとりのニーズに合わせた細やかなサービスを提供すること。このトリプル「ワン」の時代を前提に考えると、おのずと最適な組織形態も決まる。そう私は考えました。その組織形態とは、数多くの企業がシナジーを生み出す"企業生態系"です。金融関連の多様な事業に複数の企業がまたがり、シナジー効果を生みながら、それぞれのマーケットを相互に進化させていく。そんな企業グループです。だから、同時にたくさんの会社を育てようと考えました。銀行、証券、保険、決済サービス…。ピーク時には44社もの企業を同時期に設立しましたね。当時は「どの会社もまだ成功していないのに、無謀じゃないですか?」といろんな人から言われました。でも、私には自身の洞察に基づく信念がありました。だから、一切ブレませんでしたね。
不況期においての中小企業の戦略とは
―今回の不況の影響で、多くの中小企業は大きな打撃を受けています。不況期において、中小企業はどのような戦略をとればいいのでしょうか。
北尾:現在のような不況下では、生き残ること自体が大変です。だから「どうやって成長するのか」ではなく、まず「どうやって生き残るか」を考えるべき。結局、生き残った会社が勝者になる可能性が高いですから。では生き残るためにどうすればいいか。それは「入るを量りて出ずるを制す」こと。これが基本です。当然ですが、収入以上の支出をすれば会社は傾きます。だから、収入を正確に計算し、支出を絞っていく。ムダをすべて省くんです。また、モンゴルの耶律楚材という宰相がこんな言葉を残しています。「一利を興すは一害を除くに如かず」(『十八史略』)。利益になりそうなことを新たに始めるよりも、今ある弊害を除く方が大切だと。みんな「利」を追い求めがちですが、まずは今あるムダを徹底的に省くべきなんです。ただし、将来の成長の芽まで摘んではいけません。その点を見極めたうえで、ギリギリまで省く。今風に言えば「集中と選択」ですね。新しい手を打つ場合は、短期間で効果が出そうなことだけに集中する。そして、収益化までに時間がかかることは止めるべきです。
―その他に経営のポイントはありますか。
北尾:変化を恐れないことです。たとえば、大企業の下請けをしていた中小企業があるとします。ある時、大企業が自社の工場を中国に移し、仕事が入らなくなった。それにも関わらず、同じ商品を作り続ける。買い手がいなくなったのに、既存商品を他社に売り込もうとする。そりゃ潰れるに決まっていますよ。そんな状況に陥ったら、思い切って変化しなければいけません。もちろん、下請けとして大企業と一緒に中国に移転してもいいでしょう。でも、ほとんどの中小企業は中国までついていけません。だから、常日頃から準備しなければいけないんです。景気の良い時にこそ、新商品の開発に取り組む。「備えあれば憂いなし」です。ところが、往々にして好景気の時は既存の主力商品に集中してしまう。いま売れている商品をもっと売ろうとする。これが失敗のもとです。不況になってから慌てても遅い。売れる新商品はすぐに生み出せませんから。
―不況への備えがなく、業績悪化に苦しんでいる中小企業はどうすればいいのでしょうか?
北尾:仲間を集めることです。いわゆる事業提携ですね。うちはこういう技術を持っている。他社は違う技術を持っている。では2社の技術を合わせて、何か新しい商品を作れないか。そんな風に考える。様々な会社と協力すれば、可能性は大きく広がります。ただし、この事業提携というのも常日頃から考えておくべきことです。本来、好不況は関係ありません。成熟した日本社会において、消費者のニーズは日々多様化しているからです。この流れは止められない。そして、自社だけで多様化したニーズに応えるのは難しい。だから、自社と他社の得意分野を組み合わせる必要性が高まっています。ライバル企業と合併して、互いの弱点を補完してもいい。また異業種の企業と組めば、新商品を生み出せるかもしれません。様々な形の合従連衡が考えられます。
投資余力のある企業は海外進出も考えるべきか
―SBIグループは積極的な海外進出を進めています。投資余力のある企業は海外進出も考えるべきでしょうか。
北尾:もちろんです。2008年のダボス会議で、当時米国務長官だったライス氏が言ったように「Globalization is not a choice but a fact」です。企業はグローバリズムを無視して生き残ることなどできません。日本もグローバル経済の歯車のひとつです。だから、グローバル対応も常日頃からやらなきゃいけない。すべて常日頃のことなんです。たとえ、現在の業績が好調だとしても、国内市場だけではジリ貧になります。したがって、経済成長率の高い他国に何としても食い込まなければいけないんです。いま日本の成長率は低迷しています。ここ数年は2%前後、2008年度はマイナス成長でした。おそらく今後も低成長が続くでしょう。一方、中国の経済成長率は10%弱。非常に高い成長率です。また2021年には、中国のミドルクラス(中間層)が1億人を超えると予想されています。つまり、あと10年で日本の人口に匹敵する巨大な消費マーケットが生まれる。その成長市場を掴もうとすべきです。
―北尾さんは中国古典に造詣が深く、いくつかの関連著書も出版しています。経営者は古典から何を学ぶべきでしょうか。
北尾:愚者は経験に学び、賢者は歴史に学びます。人間の本質は洋の東西、古今を問わず変わりません。人間が苦労することも変わりません。また、古典は何千年という“時のふるい”にかけられ、今日まで読み継がれています。したがって、古典から学ぶべきことは非常に多いはずなんです。たとえば、どうすれば国は栄えるのか。どうすれば多くの民を統治できるのか。一国の盛衰は一企業の盛衰と似ています。そこには経営のヒントがたくさんありますよ。「なるほど」と思うことが多い。『論語』の場合、人間の生き方、人間社会の秩序、親子関係を円滑にする方法。そういった基本的な原則を学ぶことができる。また、自分自身の成長に伴って読解レベルも深まります。経験を重ねていくと、短い言葉に込められた奥深い意義が読み取れるようになる。だから、読み返すたびに新たな発見があるわけです。
―SBIグループは2008年4月にSBI大学院大学を開校しました。同校の特徴のひとつも中国古典を活用した教育ですよね。
北尾:そうですね。戦後、そういう教養を教える学校がなくなってしまいましたから。「修身」の授業も含め、戦前教育のすべてが否定されてしまった。しかし、「いかに生きるべきか」という基本は太古の昔から変わりません。たとえば「修身斉家治国平天下」という言葉が『大学』に記されています。天下を治めるには、まず自分の行いを正しくする。次に家庭を整え、国家を治める。そして天下を平和にする。最初に自分自身が変わらなければ、国なんて変わりっこないですよ。でも、こういった「人間学」を教える学校がなくなってしまった。だから私が作ろうと思ったわけです。同時に本校ではインターネット時代の経営学、法務や会計など、実践的な実学も教えています。まさに「論語と算盤」。そして学校を作るからには、卒業生がMBAを取得できるようにしました。
―結果として、大学院大学という形になったわけですね。
北尾:ええ。学生の多くはビジネスリーダーを目指しています。将来は多くの部下を持つようになるでしょう。だから、卒業生には周りの人たちをぜひとも感化してほしい。「一燈照隅 万燈照国」という言葉があるように、一つの灯りは片隅しか照らせませんが、万の灯りは国全体を照らすことができます。優れたリーダーが周りに良い影響を与えれば、灯りがどんどん増えていく。そして、万の灯りが集まれば、世の中を良くすることができます。いつの時代も新しい文明や文化を創り出すのは、個人です。決して大衆ではありません。偉大なる個人が新しい世界を描き、まずエリート層に浸透させる。そして、ある日突然、大衆を動かし、文明や文化として花開く。これが人類社会の進歩の歴史なんです。かつて昭和の碩学とも言われた安岡正篤氏は「日本農士学校」や「金鶏学院」という私塾をつくりました。激動の時代の中で、彼は人を育てるべきだと考えたんでしょう。たしかに「一年の計」ならば、穀物を育てればいい。でも「百年の計」ならば、人を育てないといけません。私もこれからの百年を見据えて、人を育てたい。そう考えています。