―宗次さんはゼロから壱番屋を創業し、国内最大手のカレーチェーンへと育て上げました。その道のりを振り返ってみて、どんな転機がありましたか。
宗次:いい意味でも悪い意味でも、あまり転機というものはなかったですね。FCシステムの導入や全国展開など、いろいろな出来事はありましたが、大きな転機はなかったと思います。私が経営をしていた20年間、壱番屋はずっと増収増益で順風満帆な道のりでした。
―20年間、増収増益を実現できた秘訣は何ですか。
宗次:経営者自身が経営に身をささげる。情熱のすべてを注ぎ込む。これしかないと思います。私は53歳で会長職を退くまで、毎日徹底的に働きました。毎朝4時10分に起床して、4時55分には出社。まずお客さまから頂いた1000通以上のアンケートを3時間半かけて読み、その後に掃除や会議、店舗巡回をします。毎日、退社するのは18時~23時過ぎ。休日は年間15日位で、2004年には1日たりとも休まず、1年間で5637時間も働きました(笑)。これは1日平均にすると、約15時間半働いていた計算です。
私の辞書には「のんびり」とか、「休息」という文字はないんです。極端かもしれませんが、「経営者が休むのは罪悪だ」とすら思っています。もちろん、経営者なら労働時間の長さではなく、仕事の質で勝負すべきだという意見もあるでしょう。でも、私はそう思いません。経営者の事業に懸ける想いが労働時間に比例すると思うんです。長く働けば働くほど、いろんなアイデアが湧いてきます。また社員も必死な経営者の姿を見て、会社を支えようと思ってくれます。それに、経営者はどれだけ働いても労働基準法に引っかかりません。ハードワークは経営者の特権なんですから、働かないと損ですよ(笑)。
―そこまで徹底的に働かないと、成功しないものなのですか。
宗次:成功しないと思います。私の独断と偏見かもしれませんが、会社経営はそんなに甘いものではありません。どんな経営者も、創業期の頃は必死に働きます。でも、少し経営が軌道に乗り始めると、だんだん遊び始める。やれゴルフだ、やれ海外旅行だと。そして「代表取締役社長」の名刺を持って社外に友人をたくさん作り、毎晩のように自らの欲求を満たす。社交的な経営者は特にそうです。でも、経営者は社交的でない方がいいと私は思うんです。社交的な人ほど経営がうまくいきかけると、決まって「経営だけが人生じゃない」、「身体を壊してまで仕事をしても何にもならない」と言い始めて、友人(遊人)が増え、付き合いが増えるのです。それで業績が上がればいいのですが、大抵は、業績横ばいかジリ貧となります。社員の心が離れ、やる気も失せてしまうでしょう。
―とはいえ、宗次さんほど経営に身をささげるのは難しいと思います。どうすれば経営に集中することができますか。
宗次:目標を持つことです。毎年、小さな目標を立てて、その目標を達成するために必死に働く。そうすれば、よそ見なんてしている暇はなくなります。ちなみに、目標の立て方にもコツがあります。あまりにも長期スパンの目標、達成が難しすぎる目標はダメです。1年くらいのスパンで、頑張ればギリギリ達成できるくらいの目標を立てるべきです。少なくとも「昨対比の売上・利益を越えること」は目標に据えた方がいいでしょうね。また誤解を恐れずに言えば、経営者は「夢」を追いかけない方がいい。私はそう思います。経営者が日々追いかけるべきなのは「夢」ではなく、「目標」です。大きな夢を語る経営者ほど、得てして大言壮語に陥りやすい。自己陶酔の挙句、見果てぬ夢で終わるのです。
私の経験から言えば、すべては日々の積み重ねです。毎日必死に頑張っていれば、10年、20年経った時に夢のような奇跡が起きるのです。
なぜ壱番屋は事業承継がうまくいったのか
―宗次さんは、10年後のビジョンなどは考えていなかったのですか。
宗次:まったく考えていませんでしたね。そもそも将来のことを考える必要はないと思っていました。私は毎日、お店でお客さまの顔を見ていましたし、現場社員と意思の疎通もできていました。お客さまと社員のことが理解できていれば、それで十分だと思っていたんです。食堂業だからこそ出来たのかもしれませんが、実際には日々の積み重ねだけで、毎年業績は順調に伸びていました。
―多くの経営者は同業他社のことを気にすると思います。宗次さんは競合企業のことを意識していなかったのですか。
宗次:まったく意識していませんでしたね。お客さまだけを見ていれば十分です。同業他社を気にしていると、本質を見誤ります。ですから、当社は同業他社などの値下げ競争には一切参加しませんでした。また、他のカレーチェーンのヒット商品を模倣することもありませんでしたね。ただ、当社のFCオーナーからは、商品値下げの要求がたくさんありました。「売上が落ちているので、値下げキャンペーンをしたい」とか、「商品のセット割引を設けてほしい」とか。でも、私は信念があったので、一切値下げを許しませんでした。もし値下げをすれば、まず自社の利益が削られます。すると取引先に無理を言い、従業員に過重労働を強いることにつながる。こんな手法は経営者として本当に恥ずかしい。取引先も従業員も不幸になります。結果としてお客さまのためにもなりません。だから、私は値下げをしようとは一度も考えませんでした。そもそも食堂業には薄利多売商法はそぐわないのです。むしろ「売上が落ちたのなら、掃除をしなさい」と口酸っぱく言っていました。「値下げをしなくても、掃除で売上は上がる」。FCオーナーにそう説得していました。要は経営姿勢の問題なのです。
―掃除をすれば、本当に売上は上がるものですか。
宗次:上がります。ただし、自社の店舗だけを掃除しても効果は限られています。郊外の店なら周囲200メートル、市街地の店なら周囲20~30メートル。これが「CoCo壱番屋」の掃除の範囲です。店舗の近隣を毎日掃除すれば、次第に地域の人々から信頼されるようになります。「掃除を一生懸命やるような店なら安心だ。そんな店を利用したい。応援したい。」と思ってもらえるんです。
もちろん、掃除がきっかけで店舗に足を運んでくださる方はごく一部ですよ。お客さまの中の1%もいないかもしれません。でも、そういったお客さま、「CoCo壱番屋」のファンが大事なんです。新たなファンが1ヵ月に1人増えれば、1年で12人に増えます。その12人からクチコミでファンの輪が広がり、いつか売上の数%を支えてくれるようになるんです。ただ、掃除の難しい点は「継続」です。掃除は継続しなければ意味がありません。でも、みんな続かないんですね。掃除をやり始める人は多いのですが、即効性がないからみんな途中でやめてしまう。逆説的ですが、だからこそ価値があるんです。誰も続かないからこそ、地域の人々から信頼されるわけです。
―宗次さんは2002年に53歳の若さで会長職から退き、引退しました。その後も御社の業績は順調に伸びています。なぜ御社は事業承継がうまくいったのですか。
宗次:素晴らしい後継者に恵まれたからです。現在、代表を務めている浜島俊哉は、私よりも優秀な経営者です。これは心からそう思っています。だからこそ、壱番屋を託しても大丈夫だと思ったわけです。また、私が「経営者」というポジションに執着しなかったことも良かったのでしょうね。創業経営者の中には自分が生み育てた個人の会社と錯覚し、「経営者」というポジションに執着して、なかなか後進に道を譲らない人が多い。でも、永遠に自分が経営できるわけじゃありません。どこかで潔く身を引かなければ、後進の経営者が育ちません。私の場合、ずっと経営に身をささげてきましたが、「経営者」というポジションに執着はありませんでした。だから、私は役員としても会社に残らず、スッパリ引退できたわけです。
―最後に、不況に苦しむ経営者へアドバイスをお願いします。
宗次:不況だからと言って、特別なことをする必要はありません。たしかに年商1000億円以上の会社ならば、不況の影響は免れないでしょう。しかし数億円、数十億円規模の会社ならば、不況の影響は少ない。経営者が先頭に立って無我夢中で働けば、自分の会社くらい守れるはずです。不眠不休を厭わず、寝食を忘れて必死に頑張る。そうやって経営者が率先垂範すれば、売上は落ちないと思います。
売上回復のヒントなんて、いくらでも現場に転がっています。経営者はよそ見をせず、お客さま第一主義、現場主義を貫く。業績不振の理由を景気のせいにしてはいけません。業種業態の違いはあるかもしれませんが、経営の基本は同じだと思います。