―東日本大震災の影響で、日本全体の経済が悪化し始めています。今後の日本経済の展望を聞かせてください。
澤田:20011年3月期の決算では、多くの上場企業の業績が回復していました。ですから、経済的な影響はこれから大きくなるでしょう。この半年から1年は厳しいと思います。
―いつ頃、景気は回復すると思いますか。
澤田:それはリーダー次第ですよ。国家も企業もハウステンボスも経営。いかに早く立ち直らせるかはリーダーにかかっています。どこに早く手を打つかによって、景気も大きく変わります。たとえば、ハウステンボスは今年3月に売上が約1割、入場者数が約2割、前月から落ちました。大震災以降、海外のお客さんが激減したからです。しかし、素早く手を打った結果、4月には3割ぐらい伸ばすことができました。やり方次第で、すぐに数字は回復するわけです。ですから、もしリーダーがゆっくりやっていたら、日本経済は1年ぐらい落ち込んでしまうでしょう。しかし、スピーディーに手を打てば、半年で戻るかもしれません。
―大規模節電、放射能汚染、消費マインドの減退など、当分の間は不透明な経営環境が続きそうです。このような状況において、経営者はどのような考え方で経営にあたればいいのでしょうか。
澤田:こういう悪い時ほど、経営者は明るく元気にやらなきゃいけません。気持ちが暗くなると、業績もどんどん悪くなっていきます。だから、経営者は明るく、果敢に攻める。ポジティブにスピーディーに行動する。逆に調子のいい時は意識的に抑える。これが経営の基本です。
―現在のような不透明な時期こそ、積極性とスピードが大事だというわけですね。
澤田:ええ。やはり来月やるより、いまやった方がいい。成果が出るのが早いですから。ダメだったら、すぐにやめればいい。一番悪いのは、何もやらないこと。「ピンチはチャンス」ですが、ほうっておいたらピンチのままです。そもそも、経営の本質は変化に対応すること。経営環境はどんどん変化しているので、判断もスピーディーに変えるのは当然です。ずっと同じ状態が続いているわけがありません。
また、震災後は変化のスピードと複雑性がさらに増しました。だから、経営者は変化に素早く対応しなきゃいけない。「ダメだ、ダメだ」と嘆いていても、何も生まれませんよ。
―ここからはハウステンボス再建に関わる話を聞きたいと思います。ハウステンボスは1992年の開業以来、ずっと赤字を続けてきました。昨年に澤田さんが再建を引き受ける際は、周りから反対の声が多かったそうですが。
澤田:たしかに反対はありました。18年間ずっと赤字で、みんな失敗してきましたから。まず創業者が経営に失敗。次に日本興業銀行が立て直そうとしたのですが、赤字から抜け出せなかった。さらに野村證券グループのファンド(野村プリンシパル・ファイナンス)がプロの再建チームを送り込んでもダメ。各分野から一流の経営陣を集めたのに成功しませんでした。そして、誰も再建を引き受ける人がいなくなった。
そういう案件ですから、常識的に考えれば反対しますよ。ひとつ間違えば、何百億円も失った末、撤退することになりますから。
―なぜ、あえて火中の栗を拾ったのですか。
澤田:理由は3つあります。1つ目は、頼まれたから。長崎県の知事さん、佐世保市の市長さんに熱心に依頼されたのです。市長さんには3度もお越しいただき、熱いメッセージをもらいました。2つ目は、地域経済を再生したかったから。一時は「東のディズニーランド、西のハウステンボス」と並び称された長崎の象徴です。この誇るべきテーマパークを廃墟にしたら、地域経済にとっても、日本の観光産業にとっても大きなマイナスになると思いました。3つ目は、血が騒いだから。私はこれまで数多くの難しい案件を手がけてきました。航空業界に新規参入したスカイマーク、バブル崩壊後のオーストラリアのホテル、山一證券が潰れた後の山一グループの証券会社、モンゴルの赤字銀行・・・。難しかったからこそ、大きなやりがいがありました。
―澤田さんにとっては、3つ目の理由が一番大きいのではありませんか?
澤田:登山家は高くて険しい山があったら、登りたくなるでしょ?私は経営者だから、チャレンジャーだから、挑戦したくなりました。ハウステンボスは久々に高くて険しい山です。そんな案件はやってみたくなるじゃない(笑)。登っている途中で落ちる危険もありますが、地域のため、日本のため、自分のためにチャレンジすることを決めました。
―ハウステンボスは澤田さんが社長に就任してから、わずか半年で黒字に転換しました。経営を引き受けてから1年間の2011年3月累計では約10億円の経常利益を出しています。どうやって短期間で黒字化させたのですか。
澤田:1つ目は、従業員の意識を変えたこと。2つ目は、ムダな経費を削減したこと。3つ目は、お客さんを増やしたこと。つまり、従業員のモチベーションを上げて、コストを下げて、売上を上げた。そんなに難しくないよね。
―決して簡単ではないと思います。もう少し詳しく教えてもらえますか。
澤田:経費を2割削減して、売上を2割増やせば、上下合わせて4割変わります。すると、たいがいの企業は黒字になる。簡単ですよ。ただ、具体策は難しいけどね。まず売上を上げるポイントは差別化です。つまり、競合がやっていないことをやる。たとえば、東洋一のイルミネーション「光の王国」をつくったり、AKB48との共同イベントやガーデニングのワールドカップを開催したり。今年の4月からは人気マンガ『ワンピース』の大きな海賊船でハウステンボスの目の前に広がる大村湾をクルージングできるようにしました。ただし、大きなイベントを開催するにはお金がかかります。その場合、経費は1割だけ削減して、売上を3割上げればいいのです。実際、ゴールデンウィークの売上は前年より約6割もアップしました。
経費削減のポイントとは
―では経費削減について具体的に教えてください。
澤田:一番大きな経費削減は、園内の1/3をフリーゾーンにしたことです。フリーゾーンとは、お客さんが無料で入場できるエリア。そこでは人も電気も一切使わず、大幅に経費をカットしました。無料なので、お客さんからの不満も出ません。その代わりに有料ゾーンを充実させました。もともとハウステンボスの面積はディズニーランドの約1.6倍あります。だから、有料ゾーンを2/3に縮小してもディズニーランドより広く、十分楽しめるわけです。
―なるほど。フリーゾーン以外に経費削減のポイントはありますか。
澤田:赤字サービスの廃止と業務効率化ですね。たとえば効率化のひとつとして、業務のスピードを1.2倍アップしました。従業員に「仕事のスピードを2割速くしよう」と伝えたのです。すると、10人で12人分の仕事ができるようになる。お客さんが2割増えても、人は2割増やさずに済むわけです。下手な普通、経営者は経費を下げるために人を切り、売上まで下げてしまいます。ですから、人件費以外の経費を削減しなければいけません。
ハウステンボスの場合、先ほど言ったように1/3をフリーゾーンにして、2/3の有料ゾーンに経営資源を集中投下しました。園内の馬車など、赤字のサービスも廃止。そして、利益の上がりそうなところに従業員をシフトしました。つまり、リストラは行わず、「選択と集中」を進めたわけです。
―「選択と集中」の判断基準は、各部門の数字ですか?
澤田:まずは数字をチェックして、赤字の原因を探ります。業種に問題があるのか、商品に問題があるのか、マネージャーに問題があるのか。そういった原因を分析し、黒字化の見込みが立てば残します。見込みが立たなければ、撤退する。ただし、投資のための赤字部門は残します。経営者が「必ず将来良くなる」と確信しているところですね。
―昨年、ハウステンボスは入場料を値下げしました。単純に考えると、売上アップにも経費削減にもつながりにくい気がしますが。
澤田:昨年は入場料を大幅に下げて、今年は少し上げました。ですから、昨年は集客が4割増えても、売上は2割しか増えていません。まずはお客さんに来てもらうことを第一に考えたからです。今年は戦術を変えて、集客は2割増でも売上は3~4割増えるようにしています。実際、2月はお客さんが2割しか増えませんでしたが、売上は4割ぐらい増えました。真冬の2月は一番お客さんが少ない時期なのですが、おかげさまで単月でも黒字になりました。
―不況下における価格設定は難しいと思います。澤田さんの考え方を聞かせてください。
澤田:顧客視点で考えれば、非常にシンプルです。お客さんが満足すれば、2割値上げしても来てもらえる。お客さんが満足しなければ、2割値下げしても来てもらえない。昨年4月は新しい施設やアトラクションが何もできていなかったので、入場料を安くする必要がありました。『ワンピース』のアトラクションもないし、「スリラー・ファンタジー・ミュージアム」というホラータウンもありませんでしたから。今年は昨年よりも内容が1.5倍充実したので、少し価格を上げました。大事なのは、提供している価値に対して適正な価格を設定すること。何も変えていないのに値上げをしてはいけません。もし価格を1.1倍にしても、顧客満足度が1.3倍になっていれば。お客さんは2割得している。それならば、お客さんは離れません。
―顧客満足度を「1.3倍」といった数値で感覚的につかむのは難しいと思います。澤田さんは、どのように数値化しづらい要素をとらえているのですか。
澤田:現場に行って、つかんでいます。『ワンピース』の海賊船なんか、頭の中のイメージよりも実物の方がカッコイイんだよ(笑)。自分の想像よりも満足度が高かった。あとは現場でお客さんの顔を見ていれば、だいたいわかりますよ。また、新しいアトラクションをつくったら、お客さんからアンケートをとります。もしお客さんが「おもしろくなかった」、「感動しなかった」と答えたら、価格を下げるつもりです。私たちが安いと思っていても、お客さんが高いと思ったらダメ。そういう細かい調整をしていきます。
ハウステンボスを黒字化させた方法とは
―澤田さんは「経営者はカンが大事」とも言っています。経営者は自身のカンとデータのどちらを信じればいいのでしょうか。
澤田:どちらか一方だけを信じてはいけません。経営者はカンの裏づけとして、データをチェックするべきです。自分のカンと数字が一致していたら、どちらも正しい。しかし、時としてカンと数字が一致しないことがあります。その場合、原因を調査して、どちらかを修正します。たとえば、いろいろ創意工夫している間に、「売上が3割アップするだろうな」というカンが働きます。その後、データとして悪い数字が出てきたら、そのズレを修正します。数字は結果。そして、結果には必ず原因があります。その原因をつかんで、どんどん戦術を変えていく。経営はおもしろいですよ。
―どうすれば、経営のカンを磨くことができるのですか。
澤田:カンというのは経験値です。先天的な感性ではありません。ですから、同じようなことを何回も経験すれば、カンを磨くことができます。このカンが働くと、瞬時で本質がつかめます。数字が出てくるのは遅いので、カンで早く動いた方がいい。進行中のところに手が打てますから。カンが働かないところは、数字という結果を待ちます。私は数々の企業をこの方法で成長させてきました。まずはカンでどんどん手を打つ。そして数字が出てきたら、また修正する。そのくり返しです。
―その方法でハウステンボスも黒字化させたと。
澤田:ええ。冒頭でも少し話しましたが、ハウステンボスでは集客の2割を占めていた外国人客が震災後にゼロになりました。国内の団体客もキャンセルが相次ぎました。そこで具体的に何をしたか。まずカンを働かせて、最短でも3ヵ月は海外からお客さんが来ないと予測しました。だから、3ヵ月は外国人旅行者向けにヒト・モノ・カネを投入する必要はない。そして、海外営業の業務の7割を国内営業に振り向けました。さらに国内営業の中でも、最も見込みが高い顧客層の集客に力を注ぎました。それは西日本の個人客です。このような素早い方向転換をした結果、4月、5月の業績が回復したのです。
―カンが働くからこそ、スピーディーな決断ができるわけですね。
澤田:スピードの他にも、経営にはバランスが大切です。「ちょっといきすぎたな」とカンが働いたら、経営者がブレーキを踏まなければいけません。たとえば、倍々成長が5年も続いたら危険です。人と売上が倍々に増えると、社員教育とサービスの質が成長に追いつかなくなります。そして、サービスの質が落ちると、業績は一気に落ちる。そうなる前に、意図的に成長を止めなければいけません。もし、いま儲かっているとしても、どんどん設備投資すると危ないですよ。急に業績が落ちた時、資金繰りが悪化して倒産してしまいます。それはバランスを崩してしまったから。宇宙も国家も企業も人間もバランスが大事です。人間も栄養バランスが崩れると、病気にかかりやすくなりますから。
―ハウステンボスは単なるテーマパークにとどまらず、「観光都市ビジネス」を目指しているそうですね。なぜ、澤田さんはそのような大きなビジョンを掲げているのですか。
澤田:会社も国家もビジョンが必要です。ビジョンがなければ、戦略も戦術も生まれません。5年後、10年後、どういう国を目指すのか、どういう企業にするのか。このビジョンこそが最も大切です。そして、それを実現するために、いま何をやるかを考える。たとえば、同じ登山でもエベレストと富士山では準備がまったく違うでしょう。富士山に登るなら、一人で軽いトレーニングをしておけばいい。でもエベレストなら、トレーニングだけでなく、登山の勉強をして、資金と仲間を集めて、装備を揃えなければいけません。つまり、目標さえ決まれば、やるべきことがわかる。メンバーも自律的に行動できるようになる。だからこそ、リーダーが大切なんです。これは国家も企業も同じ。ですから、経営者は明確なビジョンを掲げ、明るく元気にがんばってください。