―1968年に熊本の1軒のラーメン屋から始まった「味千ラーメン」は、現在中国で500店舗を展開しています。中国に進出した経緯を教えてもらえますか。
重光:実は、もともと当社は積極的に海外進出を考えていたわけではありません。当社としては「国内市場が縮小しているので海外市場に活路を見いだそう」とか「海外戦略を強化しよう」という考えはなかったんです。しかし、多くの人との出会いがあり、海外へ進出することになったのです。
―最初の海外進出は、1994年の台湾進出だったそうですね。
重光:ええ。しかし、初めての海外進出は失敗に終わりました。失敗の原因は、現地オーナーに当社の考え方を理解してもらえなかったことです。当社は台湾の製麺会社と合弁会社をつくったのですが、現地法人が販売していたラーメンは、日本の「味千ラーメン」とは似て非なるものでした。麺はフニャフニャで、スープの味も薄かったんです。そこで、現地のオーナーに「こんなまずいラーメンはダメだ。うちのやり方で作ってくれ」と要求したのですが、「そんな味じゃ台湾人の口には合わない」の一点張り。結局、こちらの改善要求をのんでもらえないまま、店は廃れてしまいました。
この失敗で学んだのは「味千ラーメンの味を守ってくれるパートナーと組まなければいけない」ということ。もちろん現地の好みは無視できませんが、本来の味については妥協してはいけないと思ったんです。この失敗をしてから、「味千ラーメンの味を尊重してくれるパートナーが見つからない限り、海外進出はしない」と決めました。
―その後、信頼できるパートナーと出会えたのでしょうか?
重光:ええ。1995年に心から信頼できる2人のパートナーに出会いました。2人とも香港の実業家で、ひとりは27歳のリッキーさん。彼は日本に留学経験があり、香港で外食ビジネスを成功させていました。もうひとりは39歳のデイシーさん。彼女も香港で食品の貿易会社を経営していました。2人とも日本で食べた味千ラーメンの味に感動し、「この味を香港で広めたい」と熊本まで会いに来てくれたんです。
私は彼らと初めて会ったとき、「この人たちならば大丈夫だ。信頼できる」と直感しました。彼らはビジネスの拡大よりも、味千ラーメンの味を第一に尊重してくれる人たちだったからです。そこで、彼らとともに香港進出の計画を練り上げ、1996年に香港1号店を出店しました。また同じ年に味千ラーメンの中国法人を設立。彼ら2人が共同経営者に就任し、当社も数パーセントの出資を行いました。
なぜ味千ラーメンは中国進出に成功したのか
―中国の味千ラーメンは、今では「中国ファーストフード企業トップ50」で4位に選出されるほどの急成長を遂げています。成功の要因は何ですか。
重光:まずリッキーさんとデイジーさんのような素晴らしいパートナーに恵まれたこと。彼らは味千ラーメンの味を守りながら、「4つのP」に注力し、中国市場でのマーケティングを成功させてくれました(3P上図「マーケティング戦略4つのP」参照)。 もうひとつの要因は、豚骨ラーメンが中国人の口に合ったことです。豚骨スープは中国人にとってなじみやすい味。当社が開発した味千ラーメンのスープも、中国人の味覚にマッチしたんです。
あとは、日本法人と中国法人で明確に役割を分けたことですね。経営や店舗展開は中国法人に任せ、日本法人は原料提供と品質管理だけに徹しています。つまり、日本法人は中国法人をサポートする形をとっているわけです。
―フランチャイズビジネスではFC本部が主導権を握るのが一般的だと思います。なぜ御社は現地に経営を任せているのですか。
重光:理由は3つあります。1つ目は、スピード。中国の商談では「この場でイエス・ノーを決める」というスピードが当たり前です。「日本に持ち帰って決める」なんてスピードだと、中国では相手にされません。中国で即断即決の経営をするためには、現地法人に裁量を委ねる必要があるんです。
2つ目は、ノウハウ。当たり前ですが、中国のことを一番知っているのは中国人です。当社はラーメンの味のノウハウはあっても、中国の外食マーケット攻略のノウハウはありません。ならば、中国人に任せるべきだと思ったのです。
3つ目は、モチベーション。日本から「ああしろ、こうしろ」と細かく指示されるより、自由に経営できるほうがやる気が出ますよね。ですから、日本法人は味だけにこだわり、それ以外のことを中国法人に任せています。また、利益面でも同様です。本部が多額のロイヤリティを吸い上げると、加盟店はやる気を失います。だから日本の味千ラーメンでは、加盟店から歩合制のロイヤリティは取っていません。その結果、頑張ればその分だけ利益が加盟店の手元に残り、加盟店のモチベーションが上がり、味千ラーメンの拡大につながっています。もともと当社は味千ラーメンを広めることを第一に考えているので、利益は二の次なんです。
日本の中小企業が中国進出を成功させるには
―現在、多くの中小企業が中国進出を検討しています。日本の中小企業が中国進出を成功させるにはどうしたらいいでしょうか。
重光:中小企業ならば、まずトップが現地に直接出向くことです。先ほどお話ししたように、中国では❝即断即決❞が当たり前。商談の場で即断即決しなければ、相手からの信用を失います。特に中国人経営者は、最初の商談で相手を値踏みしています。もし最初の商談で日本側が意思決定できなければ、二度と相手にしてくれなくなるでしょう。日本企業の場合、トップでなければ即断即決できないと思います。だから、まずトップが現地に行き、中国人経営者と直接商談をする。そうすれば、中国でのビジネスが進展し、自然と人のつながりもできていくと思います。
―よく「中国でビジネスを進めるには人のつながりが大事だ」という話を聞きます。いいパートナーに出会うにはどうしたらいいでしょうか。
重光:これはよく聞かれるのですが、正直分かりませんね(笑)。当社の場合、自ら中国進出を計画して、積極的にパートナーを探していたわけではないので。
ただ、ひとつ言えるとしたら、中国進出に懸ける❝想い❞を信頼できる人に深く伝えることが大事だと思います。自分の想いが相手に響けば、いろいろな人を紹介して頂けます。そうやって縁が広がっていけば、いいパートナーと出会えるのではないでしょうか。やはり、国境を超えて人の心を揺さぶるのは“想い”です。ビジネス上のメリットばかりを強調しても、いい出会いはないと思います。
―「中国人は定着率が低い」という話も聞きます。御社も苦労したのでしょうか。
重光:ええ。人材の定着率の低さは、当社でも課題です。以前、1000人の従業員を採用して、短期間で600人が退職してしまった失敗もあります。日本人に比べると、中国人は会社への帰属意識が低い。だから、今より多く稼げる会社を見つけると、簡単に転職してしまうんです。また、社員の引き抜きも多い。味千ラーメンにお客さんとして来店し、スタッフに「給料いくら?」と聞くんです。そして、ウチより少し高い給料を提示して、スタッフを転職させてしまう。こんなことは日常茶飯事ですね。当社としては給与水準を明確に定めているので、対抗して給与を上げるわけにはいきません。ですから、なるべく給与以外の面で社員に報いるようにしています。たとえば、社員教育を充実させたり、階級を作って役職を与えるなど、色々と工夫していますね。
―最後に、中国進出を考えている経営者へメッセージをください。
重光:先ほど中国に進出するためには、いいパートナーを見つけることが大事だとお話ししました。ただ、パートナーとの付き合い方について、気をつけるべきポイントがあります。それは、どんなにいいパートナーであっても、彼らの知らない❝ブラックボックス❞を持っておくこと。つまり、企業秘密を持っておくことです。
実は、当社は調味料の配合などを中国法人に一切教えていません。これはコカ・コーラ社と同じです。もしパートナーに技術やノウハウを吸収され尽くされたら、自社の存在意味がなくなってしまいます。
また、❝ブラックボックス❞を持つことは、商品の品質管理にも役立ちます。いくら当社が海外にたくさんの店舗を出しても、ラーメンの味がまずければ自社のブランドが落ちてしまう。それでは元も子もありません。ですから、今後も当社は味にこだわりながら、世界に味千ラーメンを広めていきたいと思います。