全産業、全階層に創造的人材が求められている

いま事業家たちが私財を投じて教育改革に邁進する理由《後編》

全産業、全階層に創造的人材が求められている

その背景から見えること

 このように事業家や事業会社が先進的な教育を掲げて、学校の創立や運営に携わっているケースは多い。なぜ彼らはそこまで教育にこだわるのか。特に事業家に限って言えば、自身の時間とエネルギーだけでなく私財を投じてまでいる。いったい何を成し遂げたいのか。その背景を探るといくつか共通するものが見えてくる。

 一つ目の理由としては、波乱の経営者人生を経て「経営の根幹は人である」という信念に行き着いたからであろう。どんなに素晴らしい事業でもいつかは廃れる。諸行無常の世界。競争の激しいビジネス界において、最後に勝つのは人を活かした経営である。先述のリクルートが好例である。優秀な若い人材に裁量を与え、常にイノベーティブであり続ける経営。彼ら創業経営者はその真理を身を以て体感し、教育に並々ならぬ関心を抱くのではないだろうか。

 二つ目の理由は、彼らが社会の成功者であるということだ。創業当時は自分とその近しい範囲くらいしか考える余裕もなかっただろうが、会社が成長して株式上場を成し遂げてパブリックカンパニーになり、莫大なキャピタルゲインを得たら、次は社会全体に恩返ししたいと思うのだろう。成功者というのは社会というものに対して極めて肯定的なものだ。ゼロから事業を興して、社会に育まれ、一定の成功を収めたら、次は社会にお返しする番だと。成功者とは意外に謙虚であり、素直であるものだ。

 最後の三つ目の理由は、彼ら自身が受けてきた教育や社員育成を通じて感じた“現代日本教育に対する違和感"だろう。戦後から変わらない座学中心の詰込み型教育。もう時代遅れなのではないか。より社会で必要とされる能力、グローバルな視座、何よりも自分の頭で考え、主体的に実践できる人材を育てるべきだ。そんな強い想いが彼らの中にあるのだろう。

 だが事業家が先進的な学校を創立するのは今に限った話ではない。

あの灘もスタンフォード大学も、実は

 実は、あの灘も事業家が創立した学校だ。今や日本最強の難関校となった灘は、1928年に神戸の酒蔵の経営者たちが創立。日本酒好きの方ならご存知の菊正宗、白鶴、櫻正宗の経営者たちが、縁戚の“柔道の父"嘉納治五郎氏を迎えて、生徒の個性を活かす自由な校風を確立した。関西の名門校である甲陽学院も同じく、白鹿で有名な酒蔵の辰馬吉左衛門が私財を投じ1920年に創立した。

 学校教育ではないが、次世代のリーダー育成で有名なのは、パナソニック創業者で“経営の神様"こと松下幸之助氏の松下政経塾だろう。松下氏は84歳にして日本を憂い、私財70億円を投じて神奈川県茅ケ崎に未来のリーダーを育成する目的で松下政経塾を創立した。今や総理大臣や各大臣、上場企業創業者など多様かつ錚々たる人材を輩出している。

 そして、海外でも事業家が創立した名門校は多い。

 シリコンバレーにあるスタンフォード大学。1891年にリーランド・スタンフォード氏によって創立された。スタンフォード氏は、ゴールドラッシュに乗じて雑貨商で成功。その後、大陸横断鉄道のセントラルパシフィック鉄道を創業し、鉄道王となり、スタンフォード大学を創立した。ちなみにこのスタンフォード大学、スタンフォード氏の一人息子が15歳の若さで腸チフスによって亡くなってしまい、最愛の息子の名前を永遠に残すために、私財を投じて創った経緯から、正式名称はリーランド・スタンフォード・ジュニア大学と言う。このスタンフォード大学が創造的人材の供給源となり、スタートアップの聖地シリコンバレーが形成された。

 アジアに目を向けると、シンガポールの名門校ホワチョンもゴム園で財を成した華僑の陳嘉庚(タン・カーキー)によって1919年に創立。いま同校はグローバルな環境で高い教育水準を求める日本の富裕層たちに大人気だ。

 インドでも、1909年に創立されたインド理科大学院はインド最大財閥のタタ創業者のジャムシェトジー・タタ氏によって創立された。いま同大学院はAIにおいてインド国内でトップレベルを誇り、2,000名以上の研究者が在籍している。

カネを残すのは下、事業を残すのは中、人を残すのは上

 このように古今東西、事業家が学校を創立した例は意外に多い。しかも名門校が多い。つまりリーダーを輩出するためのエリート校だ。だが、以前までなら創造力と実行力が求められるのは一握りのリーダーだけで良かったが、時代は変わり、産業構造は変わったのだ。先述のように、これからの時代はリーダーだけでなく、一般社員にも創造力と実行力が求められる。全産業、全階層に創造的人材が求められているのだ。近い将来にはますます単純作業や定型業務がAIやロボットに代替されていくだろう。日本の学校教育改革は、もう待ったなしである。

 そんな中で学校教育に身銭を切って果敢に挑戦している最近の事業家たちは素晴らしいではないか。一代で創業した稀代の事業家たちが、自身の生まれ育った社会への恩返しとして、その能力と財力を惜しむことなく注ぎ込む姿は心に迫るものがある。「カネを残すのは下、事業を残すのは中、人を残すのは上」とは、かの後藤新平の至言だ。

 この原理原則は、今も昔も日本も海外も脈々と生き続けている。日本の将来を考えるとき、何より大事なのは人づくりだ。人づくりは国家百年の計だ。この国の行く末を憂いて先進的な教育に身を捧げている昨今の事業家たち。この勇気ある取り組みを私たちはもっと評価してもよいのではないだろうか。

(文・明石 智義)

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